未来指針・下


 難しい顔をする全員に向かい、簡単だろと告げたバーナビーは槍を振りかぶる。
「原因がこれなら、これを壊せばいいってこった……!」
「二千万Gもする貴重な品を壊すと言うのですか!!」
 エリィの叫びに、振り下ろされた槍は来方位に届く直前でぴたりと止まる。そして――バーナビーの目の前で、来方位の針はなめらかにその針を滑らせて、エリィを示す。
 意味があるのかないのか、それすらも分からない。だがリアは魔法を繰り出した。
「目標、固定化します」
「ひょえ?」
 突然の衝撃にエリィが妙な声をあげるが、彼女に怪我はない。
「防げた、ようですね」
「では、今のは……」
 五人の視線が、来方位にと集まる。それは義春を、バーナビーを、順に指し示す。それがどんな意味を持つのかは分からないが、アルトとリアは咄嗟に視線を交わす。
「バーナビーっ」
「義春さん、固定化します」
 二人の魔法に守られたバーナビーと義春は、無事だった。
「来方位が直ったと思ったら、今度は同時攻撃かよ」
 ぼやきながらも正確に、アルトは次の防御結界をエリィへと繰り出す。そんな彼には、リアが固定化魔法を。
 来方位さえ見ていれば攻撃は確実に防げるようになったものの、このままでは埒があかないし、攻撃のスピードが上がった今、アルトとリアの二人への負担が大きすぎる。
「さっきのなめらかな動きが、来方位の本来の動きなのかもしれないね」
「ってこたぁ、この部屋には俺ら以外の何かがいて、針を無理に動かしてるかも知れねぇってことったな」
「じゃあじゃあ、さっきバーナビーさんが来方位を壊そうとしたから、来方位から逃げ出したのかもしれないですねぇ」
「相手の姿が見えないというのは、非常に厄介ですね」
 どうすればいいのか。
 どうにかしなければならない、との思いが彼らを焦らせ、余計になにも思い浮かばない。
 攻撃を避けながらも悩みこんでしまった四人を前に、アルトが静かに口を開いた。
「リア。俺以外の全員を固定化してくれ」
 はっとリアは顔を上げ、アルトを見る。彼の瞳に迷いはない。
 この状況で、このタイミング。そして、彼の性格を鑑みれば、何を考えているのかなど大体の察しはつこう。
「嫌です。あなたのことですからどうせ、ロクなことは考えていないんでしょう?」
 拒否しても無駄なことはリアにだって分かっている。それでも、彼女は拒絶せずにはいられなかった。
「今はそんな我儘を言ってる場合じゃねぇだろ? リア、頼む。ってか何も言わずに断られるって、どんだけ信用ないんだよ俺」
「何か案があるのかい、アルト」
 静かな声で、義春が口を挟んだ。彼の問いに、あぁとアルトは頷く。
「ならばやらせてみよう、リア。このままでは打つ手がないよ。君の魔法だって、限り無く発動させられるわけじゃないんだから」
「……目標、固定化します」
 決して崩されぬ笑顔の中に不満の色をたっぷりと滲ませて、彼女は囁くように宣言する。
 彼女の様子に、これは覚悟しておかないと後が怖いなと苦笑したアルトは、表情を引き締めると来方位を睨みつけ、杖を構えた。
 来方位の針がバーナビーやリアを指す。固定化魔法に守られた彼らは当然のごとく、無傷。
 やがてそれは、アルトを示す。
 首と顔を腕で庇う彼の肌に切り傷が出現し、彼は防御球を自分の周りに展開した。
「おい、まさか自分と一緒に閉じ込めたんじゃないだろうなっ!?」
 バーナビーが叫ぶが、アルトは応えない。
 球の中のアルトの傷は、彼がよろめく度に増えていく――見ていることしかできない四人は、ただ、唇を噛んだ。
 彼らが見守る中、アルトはその防御球を段々と小さくしていき、彼のトレードマークである真っ白な法衣は、次第に赤く染まっていく。
「アルトさぁぁぁんっ!?」
 やがて彼は崩れ落ちる。バーナビー、義春、エリィの三人が駆け寄るが、防御球が解除されないことには、手を貸すことすらできない。
「そこだ義春、『見えた』!」
 アルトの声を合図に、彼を包んでいた防御球が消える。
 その途端、彼の血で赤く染まった「何か」が飛び出してくる。
 呼ばれた義春は彼から数歩下がると、手に持っていた刀を収めた。そして。
「っ!!」
 抜刀と同時に繰り出された一撃に、とさりと「それ」が床に落ちた。
「透明化が解けたんだな。翼と角……インプか。イタズラが好きで、タチの悪い小悪魔だな」
「来方位の針をめちゃくちゃに動かして、攻撃して、人が慌てる様子を見て楽しんでたんでしょうねぇ」
 動くことのない「それ」を覗きこんだバーナビーが、エリィが、それぞれ分析する。義春はすっと手を伸ばし、インプの持つナイフをその手から抜き去った。
 一人、背後に立ち尽くしたままだったリアは、立ち上がることすらできずにへたりこんだアルトに近寄ると、彼の前にしゃがみこんだ。
「固定化します。……どうせならばそのまま動けないように、その体勢、その状態のまま固定化していまいましょうか」
「う……それは勘弁」
 笑顔でリアが冗談を――否、彼女は恐らく本気でアルトに告げる。下手すると「怪我のある状態」で固定されかねないと、アルトは思いっきり顔を顰めた。
「やっぱりロクなことは考えないんですね。命の尊さでもここで説きましょうか? 素人の私に僧侶のあなたが説かれるだなんて、なんて滑稽な。
 以前に自覚しなさいと言いましたよね。三歩歩けば忘れるトリ頭ですか、あなたは。それとも、私の言うことなんてどうでもいいんですか」
「あー、やっぱり怒られたな……」
「やっぱりと予想していたのなら最初からやらないでください。それに一体何が大丈夫だと言うんですか。そもそも、怒られるとかそういう問題ではなくて……」
 延々と続く彼女の嫌味を、アルトは苦笑して遮る。
「それでもやっぱり、リアが出血止めてくれたし。だから『大丈夫だ』って」
 口の中でそれだけ呟いて、リアの更なる小言を聞く気力すらなく、どうやら彼は気を失ったようだった。
 何も言わなくなってしまった彼の頬に、リアは何を思ったのか手を伸し、彼の頬をふにっと摘んだ。最後まで聞いてもらえなかった腹いせなのか何なのか、ふにふにやりながら彼女は続ける。
「あんな無茶な手段でなくたって、いくらでも方法はあったでしょうに。本当にどうしようもない人ですね、アルトさんは」
「全くもって、無茶無謀無策無残ですねぇ。いくら解決できたからと言っても、お説教こそすれ褒めてはあげられませんよぅ」
「こらこら。怪我人は大切にしてやれよ」
 アルトを突き回すリアと、何故か彼女に便乗し始めたエリィの二人に苦笑しつつ、バーナビーが嗜める。
 事件は解決したと思われた。が。
「三人とも。まだ終わってないよ」
 義春に静かに告げられて、三人はえっと顔を上げる。
「もう一匹、残っているはずだ」
 来方位の針を動かしていたインプと、攻撃してきていたインプ。どちらか片方を片付けたにしろ。もう片方はまだ残っている。
 その事実に、一同は再び身構えた。来方位の動向にも気を配るが、どうやらインプも警戒しているらしく、針はぴくりとも動かない。
「とりゃあぁぁぁっ!」
 突然大声を上げて、エリィは壁にかかっていた大斧をぶんぶんと振り回し、室内をめちゃくちゃに駆け始める。
「危ないだろ、何やってるんだエリィ!」
 思わず首を竦めた三人を代表し、バーナビーが叫ぶ。だがエリィは止まらない。
「いいですか皆さん、この大斧は西の大陸に古代栄えたとされる王朝の遺品、主が敵と認識したものを殲滅するまで止まらないとされる大斧なんですよっ。なので何があっても皆さんは大丈夫なはずです!
 それに、良いから黙って、来方位を見ていて下さいなっ!」
「来方位を、ですか?」
 意図が読めず、ためらいながらも彼らは来方位を見つめる。そんな三人の前で、針はぴくりと反応した。
「なるほど。来方位は危険を察知するもの。その危険は、ヒトに迫るものだけではないということだね」
「ってことは、俺らが武器を振り回してインプに危険が及びそうになったら、来方位はそれにも反応するってことか。よっし、こっちは任せろ、エリィっ」
 合点した、とバーナビーは槍を、義春は刀を振り回し始める。
 来方位に張りついたリアの前で、その針はぴくり、ぴくりと反応を示す。最初はランダムにしか見えなかったその動きも、慣れてみれば一連の流れがあるように思えてくる。
 そして、彼女には「見えた」。
「あそこですっ」
 リアが指した方向へ、咄嗟に義春は羽織を投げつける。上手いことそれはインプに引っかかり、インプは羽織を被ったまま義春へと突っ込む。だが。
「義春ーっ!!」
 一体いつ目覚めたのか。抜群のタイミングでアルトが防御球を展開し、
「これで、終わりだっ!」
 バーナビーが跳ぶ。彼は宙に止まったままの羽織へと、槍を一気に振り下ろす。
 静かになった室内で、来方位は再び天を、指した。



「いやぁ、今回のクエストはなかなか緊張したな。アルト、お前は大丈夫か?」
「本当だぜ。相手の姿が見えねぇってだけでこんなに苦労するとはな。身体なら大丈夫だけど」
 アルトの返答に、バーナビーが察して苦く笑う。
 怪異解決後にもリアは延々とアルトに文句を言い連ね、そしてそこにエリィが便乗して引っかき回し、義春とバーナビーの二人がなんとか宥めて、それはようやく終わったのだ。
 それから館長へ依頼完了の報告をし、彼らは再び、来方位の展示される部屋に戻ってきていた。来方位は明日にも、再び一般公開される予定だ。
「あ、ここに何やら説明がありますねぇ。なになに……『来方位の名前の由来は「これから来ることを予測して指し示すから」という説の他に、「危険を知らせることで人の命を救い、未来を指し示すから」という説がある』だそうですよっ」
「違いないですね」
「なるほどな」
 解説に納得し、それぞれが思い思いに頷いた。
 今回の事の始まりであったそれ。だが、それに彼らが助けられたことも、また事実。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
 義春に促され、彼らは部屋をあとにする。
 ぴんと天井をさした来方位の針が揺らぐ気配は、ない。

 






夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画