マリキヤの感慨を少々白けた目で見ていたティルラだったが、それで、と申し訳なさそうに切り出す。
「早速申し訳ないんだけれど、どうなっているかしら。確か、カミカクシの話がどうとか聞いているけれど」
 もぐもぐと口を動かしていたアルルはこくんと飲み込むと一つ頷いて口を開いた。
「彼の地《ガランダル》にてヒトは声に呼ばれる。応じると隠される。隠されたヒトは彼の地から消える。それが彼の地《ガランダル》における神隠し」
 アルルが朴訥と語り始めると、マリキヤはカゼクサを見る。アルルが語る「カミカクシ」とやらの話をマリキヤは知らないが、カゼクサは知っているはずだからだ。
 マリキヤに釣られるように、語られる内容が正しいのか確認するかのように、アルルとティルラもカゼクサを見遣ると、口を開けたままぼんやりと聞いていたカゼクサは慌てて居住まいを正した。
「声に応じたヒトが辿り着くのは此の地《ダンダルド》。だけど元は、通れなかった。肉体が。魂は渡ってきていたのかもしれない。でも、調べる術、ない。あるのは最近、『客人』として、肉体を伴って来れるようになった事実、だけ」
「通れなかったら」
 思わず重なった声に、マリキヤとティルラが顔を見合わせ、そして嫌そうにそれぞれ顔を背けた。
 カゼクサの口元が引きつっているのは、もし通れず此の地《ダンダルド》にたどり着けなかったのならば今頃どうなっていたのか、考えてしまったのだろう。
「分からない。彼の地《ガランダル》で消えた記録はある。でも、此の地《ダンダルド》に着いた記録はない。記録されなかっただけなのか、辿り着けなかったのか、分からない。彼の地《ガランダル》の方が、よく記録されてる」
 此の地《ダンダルド》における記録は、人々の口伝が主流である。紙に残された文字における記録は確かにあるが、識字率は低く、記録として残せる人口は限られている。また、記録に残っているからといってアルルにまで伝わってくるかどうかは運でしかないだろう。
「『客人』の出現は証明した。今なら通れるって。物質が。ヒトがヒトとして、世界、渡れる」
 アルルにしては珍しく確信に満ちた言葉だとマリキヤが思うその側から、彼女は逡巡してそっと目を伏せる。
「ただ……出る場所、選べない」
 続けられた言葉には、まだ起こっていもしないことに対する懺悔のような響きがあった。


 アルルの家の前、先ほどアルルが昼寝していたその位置は、ちょうどよく日の差し込む場所だった。風は吹いていてもそよ風程度なので、ぽかぽかと心地よい。街に入った時に感じた空気の淀みや居心地の悪さはなんだったのか、同じ街の中にまだいるとは思えなかった。
 膝を抱えるカゼクサの横でマリキヤが日向ぼっこと洒落込んでいれば、少々離れた木立の中に白い毛並みが見えた。アルルに抱きかかえられて一緒に昼寝していた獣だと思われるが、彼女以外には慣れていないらしく、近づいてはこなかった。
「やっぱぁ、場所選べないのが、ダメ?」
「そういう訳じゃ……」
 顔を伏せたまま口の中でなにか呟いていたカゼクサだったが、覚悟を決めたかのように顔を上げる。
「いつかは行っちゃうんでしょって言われながら育ったんだ。キソウの家系は、僕の家は、誰もが神隠しに遭って消える、そういう家だから。だから気付いた時ここにいたのも、あぁ、その時が来たんだなって、そのくらいしか思わなくて……それで帰れるって言われても、その……」
「ならここにいればいーんじゃない?」
 道理で意識が戻った時に大騒ぎしなかったはずだと、マリキヤは一人納得して大きく頷きつつ告げた。カゼクサは、マリキヤのなんとも無責任にも聞こえる言葉にぎょっと目を見開く。
「え? でも、だって」
「話、聞いてなかったでしょー。アルルは『帰れる』って言っただけで、『帰らなきゃいけない』とは言ってないよー?」
 そんなまさか、とがっくり口を大きく開いたカゼクサがその顔一杯に叫んでいる。
 あんなぼーっとしているアルルだが、語り部と噂されるだけあってそういった表現には細かい。もしカゼクサに帰る以外の選択肢がなければ、それは既に既定事実として伝えられた筈なのだ。
 しかし実際に彼、否、彼女は「条件付きで帰れる可能性」をカゼクサに提示しただけに過ぎない。
「で、でも、僕が帰らなかったらティルラさんが……」
「ティルラは確かにカゼクサを身代わりにするって話したけどさー、アルルは意見違いそうな気がするんだよねー」
 マリキヤがひょいと肩をすくめて軽く返答すれば、カゼクサは若干不満そうに口を尖らせた。彼らの背後、家の中からはアルルとティルラの話し声が聞こえてくるが、内容までは聞き取れない。
 そもそも召喚時であれば質量を伴ってヒトが世界を渡っているのだ。召喚時にカゼクサを彼の地《ガランダル》に送り返す話であれば、カミカクシや『客人』の話から物体が世界を渡れることを証明する必要がない。
「聞いてみよーよ。はっきりするから」
「うん……そうだね」
 乗り気になれないのか、カゼクサは渋々のろのろと立ち上がる。
 窓から部屋の中を見れば、相も変わらず小さな卓を挟んでアルルとティルラが話しており、驚愕の表情を見せたティルラが突然ばんと両手で卓を叩いた。
「何でもっと早く……っ!」
 もたもたしているカゼクサを待っていることなどできず、マリキヤは足早に中へ戻った。

 



The Story Teller
月影草