白蝶の見せるユメ・下

「お帰り。どうだったよ」
 酒場に入ってきたメンバーを見て、鍋に食材を放り込みながらジャンが声をかける。
 未だに転移魔法の組み込まれた指輪の素晴らしさについて語っているエリィと、彼女に付き合わされているイザナギとバーナビーの二人を見ると、シブリーが口を開いた。
「エリザベスって言う女の人の仕業だったみたいです。結局逃げられちゃいましたけど……アルベールさんが作った蝶に魔法をかけていて」
「許せない」
 細くも力強い声は、階段の方から聞こえてきた。
 驚いて誰もが振り向けば、怒りの表情でシャルロットがそこに佇んでいる。彼女の後ろにいるのはキール。シャルロットの様子を見に二階に上がり、彼女と共に下りてきたらしかった。
「許さない。皆のことを侮辱して、アルベールさんの好意を踏みにじって……!」
「そんなことするくらいなら、直でやりあいにくればいい。だろう、ロッティ?」
 バーナビーの言葉に皆が頷く。同意を得られたのがよほど嬉しかったのか、シャルロットはその表情を輝かせた。
「イザナギ。その蝶とやらを俺も見てみたい」
「これか?」
 キールに言われ、イザナギは懐から紙の蝶を引っ張り出す。くしゃりとなったそれは、イザナギの手の中で燃え尽きた。
 まるで、証拠を消し去るように。
「しまった……っ」
「まぁ、大丈夫ですよぉ」
 焦るイザナギに、呑気ともとれるエリィの声が届く。
「どんな状況も鮮やかに切り抜けてきたのが、うちのギルドではありませんか」
「よし、じゃあまずは作戦会議と行くか。おっとその前に」
 イザナギはにやりとジャンに笑ってみせる。タイミング良く、ジャンはスープ皿をどんとカウンターに載せた。
「腹ごしらえ、だろ?」
「ただいまー。皆先帰ってたのか、早かったな」
 ジャンの言葉と同時に帰ってきたのは、ヤマト・アルト・リア、そしてリーチェルートの四人である。彼らのどことなく疲れた雰囲気から察するに、収穫はなかったのであろう。
「結局何も分からんかったのう……そなたらはどうじゃ?」
 リーチェルートに問われ、エリザベスに会ったことをシブリーがかいつまんで話す。
「まぁ、あまり進展はしてませんが……」
「そうそう、すっかり忘れてましたよ!」
 シブリーの締めくくる言葉を素っ頓狂な声をあげて遮り、思わず立ち上がったのはエリィ。商売柄、彼女には伝手が多い。恐らく、今回もそれを使って情報を集めてきたのであろう。
「どの程度関係あるかは分かりませんがね、どうやら近隣の街のギルドがいくつか被害にあってるみたいなんですよ。どれもこれも、メンバーが疑心暗鬼になって解散してますねぇ。ただ、証拠が何一つ出ていないようなので、公式には事件として扱われてないようですが」
 そこで、彼女はスープを啜る。
 エリィの話では、最初の被害が出たのは少なくとも三年前。公にならず、記録に残らなかったものもあるだろう。そう考えると、ここ五年くらいは被害が出続けていると思っても間違いはない。

 がしゃん

 陶器の割れる音に、その場にいた全員が振り返った。
 視線の先には、窓際に佇む金髪の少女がいる。会話に混じることもなく静かに聞いていた彼女は今、足元で割れた花瓶を、そして床に零れた数輪の赤いバラと水を、ただ見下ろしていた。
「やっぱお前無理してるだろ、リアっ」
「彼女に会ったと言いましたね。どんな容姿でした?」
 アルトの叱責の声が届かなかったのか、静かな、けれど有無を言わせぬ口調でリアが問いかける。
「二十代後半くらいので栗色の髪の、綺麗な人だったかなー」
「確か目の色は銀色、だったな」
「そうそう、移転魔法が組み込まれた指輪を持ってありましてねぇ。あ、指輪は他にもいくつか持ってあったみたいですよ!」
 役に立つのか立たないのか、いまいち分からないエリザベスの情報に、リアは確かに頷いた。
「あぁ、やっぱりあのヒトですか」
 ぽつりと、溜息を吐くかのように零されたその言葉は、彼女がエリザベスを知っていることを示し。
「近隣の街が公表していないのは、彼女の魔法が厄介だからです。実際には相当な被害が出ているはずですね。愉快犯ですから、動きを特定しにくくて調査はどうしても後手に回ってしまうのも事実です。
 彼女の魔法は、ヒトの深層心理に働きかけます。少しでも仲間を疑う気持ちがあれば、そこに彼女は付け込むでしょう――あぁ、だから悪夢を」
 それは、独り言だったのだろうか。
 ほとんどのメンバーが揃っているというのに、酒場はしんと静まり返っていた。
「どうしてそんな詳しい情報を得ているんだ」
 誰もが口をつぐんだ質問を、クロイがリアに突きつける。それは、と答えかけたリアは、その言葉を不自然に切る。
 恐らく彼女ははぐらかすつもりだったのであろう。けれど、この状況がそれを許さない。
 良い言葉が思いつかないのか、諦めに彼女は口を閉ざした。
「よいではないか、それは。重要なのは情報であって、情報源ではないじゃろう。それとも、誰かリアの言葉を疑うのかの?」
「情報を集める手間が省けたじゃねーか。で? どーするよ? 奴が仕掛けてくるの、大人しく待ってるのか?」
 彼女は確かに「近いうちに」と言っていた。ならば、数日内、遅くても数週間以内には何らかの行動を起こしてくるだろう。
「冗談。こういうのは先手必勝って相場が決まってるんだからな」
 豪快に笑うバーナビーが、酒場に満ちた居心地の悪い静寂を吹き飛ばし、つられて一人、また一人とその顔をほころばせる。
 恐れることがあるだろうか。「信じている」だなんて言葉すらいらないほどに、彼らの結束は固いのだから。


 大して多くもない自らの荷物をまとめ、リアがギルドを後にしたのは皆が寝静まった夜半過ぎのこと。
 明りの消えたギルドを小さく一度だけ振り返り、彼女は足早に乗合馬車の待合所へと向かう。
 待合所はレンガ造りの小さな小屋で、昼間は利用している人数も多い。けれどこんな夜中となれば誰もいないだろう。そう思っていた。
 だというのに、扉の前に立てば中からは何故か音楽が聞こえてくる。ゆったりとした旋律に、夜空に溶けるような調べ。曲にこそ聞き覚えがなかったが、そのリュートの弾き方には覚えがあった。
「こんな夜中に弾いても、稼ぎにならないのでは?」
 待合所に入るなり飛ばされた皮肉に動揺することもなく、彼、フォルティシアは曲を奏で続ける。
「君は稼がせてくれないのかい?」
「いいえ」
「それは残念だ。君こそ、こんな夜中に馬車? 仲間と喧嘩でもして夜逃げ?」
「幻滅しましたか? こんなにあっさりと逃げようとする輩で」
 リアは否定も肯定もしない。フォルティシア自身どこまで知っているのか、彼は薄く笑うだけだった。
「それは君たちが決めることだろう。部外者である僕に口出しなんてできないよ」
 曲が終わる。
 最後の最後までリアには何の曲か分からなかったが、綺麗な曲であったことは認めよう。
 と、どこからか聞こえてくる拍手。現れた女性に、フォルティシアは優雅に会釈する。女性の銀の瞳がリアを捉え、にっこりと微笑んだ。
 左手に嵌められたのはいくつもの指輪。リアの位置からでは見えないが、恐らくそれぞれ違う魔法陣が組み込まれているのだろう。
「あら可哀想に。あなた、ギルドから追い出されてしまったのね」
 猫なで声で話しかけながら近寄ってきた彼女の指が、そっとリアの頬を撫でる。その指に込められた魔力に反発するようにリアが口の中で呟いた言葉は、響かない。
 背後では、フォルティシアが違う曲を爪弾き始めていた。
「行く宛もないんでしょう? なら、私の所に来るかしら、ノイン。あなたを追い出したあの子たちに、とっておきの悪夢を見せてあげたいとは思わない?」
「……いいえ」
 静かに、けれどもはっきりと、リアは拒絶する。
 エリザベスは僅かに驚きの色を見せ、フォルティシアのリュートからはぐねぐねとしたアルペジオ≪束縛≫が飛び出す。彼女を捕まえるようにそれは彼女を囲い――霧散した。
 フォルティシアの魔法を無効化したのは恐らく、指輪に込められた術のひとつであろう。
 彼の魔法は彼女に届くことはなかったが、必要だったのは一瞬の隙。
 白い光に包まれた黒い剣士が、すたりとエリザベスの背後に降り立つ。彼女に状況を悟らせることなく、左腕を捻り上げた。
「知ってるかの? 魔法道具の簡単な壊し方があるのじゃ」
 魔法道具は僅かな魔力にて高度な魔法を発動させる物が多い。そしてその弱点は、多量の魔力を一度に注ぎ込まれること。
 エリザベスの中指に嵌められた指輪の宝石が、リーチェルートの魔力を受けて弾け飛んだ。
「目標、固定化します」
 対魔法防御用の指輪の加護を失ったエリザベスにとって、それは死刑宣告――では、なかった。
 身動きはとれなくなってしまったものの、自分が死んでいないことを確認すると、彼女は高らかに笑いだす。
「あら、ノインも甘くなったものね。完全固定を使えば余計な手間がかからずにすむでしょうに。それとも、使えなくなったから捨てられたの?」
「――いいえ。番号で呼ぶようなヒトには、一生かかっても理解できない理由ですよ」
 端から見て分かるほど爽やかな良い笑顔で、リアは言い切った。



 ものかきギルドによって捕らえられたエリザベスは隣町の警備団に引渡され、この件は幕を閉じることとなった。
「リアさんって、警備団に所属されていたこともあったんですね。かっこいいなぁ、どうしてやめちゃったんだろう」
 きらきらと瞳を輝かせるシブリーの横で、バーナビーが苦笑する。クレマンが持っていた紅茶のカップをテーブルに置き、のんびりと言う。
「警備団って結構裏社会に通じてたりするからねー、色々とあったんだろうねー」
 エリザベスはリアを番号で呼んだ。その事実が、リアの受けてきた扱いを如実に物語っているだろう。
「それにしてもなんだってウチのギルドに目をつけたんだろうな」
「リアの固定化魔法は便利だから、スカウトでもしに来たかもなー?」
「他のギルドを潰してまでかよ。ってまた蝶かっ!?」
 思わずクレマンに突っ込んだジャンが、通りに面した窓から酒場の中に迷い込んできた蝶を見て嫌そうな声を上げる。
「あぁ、普通の紋白蝶だねー」
 室内をひらひらと舞っていたその蝶は、やがて反対側の窓から飛び去っていった。





<言い訳>
普段あまりお借りしないメンバーを一気にお借りしてみました。だというのにプロフィールを確認しない馬鹿がここにorz
メインはとりあえず、バーナビーさん、イザナギさん、クロイ君、シブリー君、クレマンさんと言ってみる。後半部分まで書いたら、本当に誰がメインか分からなくなりましたが。
一応ものかきギルドメンバー全員お借りしています。+おとなりギルドから、ヨラちゃん、アルベール君とフォルテの三人。
今更ながらにキール君とジャン君の出番がほとんどなかったことに気が付きました、すみませんorz
そして調子に乗って色々と広げすぎて包みきれていないとか。穴は多いかと思いますが、見なかったことにしてくださいorz
次はお借りするキャラを減らして、自分の手に負える人数に抑えようと思います。というかなによりも無謀だったのは、この人数をお借りしてこの文章量で収めようとしたことだと思います。しかもプロットなしで。
………。
色々とすみませんでした。

なにか問題ありましたら、ご連絡ください。



夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画