Unforeseen Visitors



「誰か連れてくるなら先にそうと言いなさいよ、この馬鹿マリキヤーっ!!」
「えぇー。僕だって予定なかったのにぃ」
 穏やかな笑顔で送り出してくれた少女と全く同じ顔に罵られ、マリキヤは「面倒くさい」と、いかに愚鈍な相手でも分かるように表情筋どころか体全体を大きく使って表現した。
 マリキヤの半歩後ろを歩く、異国の服をまとった線の細い少年は、少女の怒鳴り声に更に身を小さく縮こませる。彼がどんな世界からやってきたのかマリキヤは知らないが、こんな繊細ではこの世界で生きていけそうにない。
「あー、安心しろ。取って食いやしねぇから。あいつ、いつもあんなだし、悪ぃけど慣れて」
「聞こえてるわよ、そこ! アスケロン、あんたはさっさとお客様用の部屋を整えてきなさいっ!」
「へいへい。ここ、一応俺の家なんだけど」
 腰に短剣を一本差しただけで防具もつけない普段着のアスケロンは肩を竦めると「頑張れよ」と異国の少年にウィンク一つ残して階段を上がって行った。
 険悪な雰囲気を醸し出す二人と共に残された少年は、今にも死にそうなほど顔が青白い。
「それで、誰なのよその子? 帝国から誘拐してきたとか言わないわよね」
「言わないよぉ。保護してきたとは言うけど。彼、ほら、『客人』だから」
 マリキヤに言わせれば、帝国内で暴れていたのにも関わらずカコニスがわざわざヴィルトまで赴いて自分を引っ張り出した挙句に処理を押し付けてきた、あの『客人』である。
 が、悪いのはマリキヤを引っ張り出しにこんな所までやって来たカコニスであって、こちらに来てしまった『客人』本人ではない。と信じたい。というのも、マリキヤは『客人』がどういった経緯でこの世界に招かれるのか知らないからだ。
「お客さんなのは分かってるわよ」
「分かってない、分かってない。普通一般のお客さんの方じゃなくて、世界を渡ってくるって言う噂の『客人』の方だから。ほら、北の荒野が燃えてたの、ラザリナだって見たでしょー? あれの原因」
 火災の原因と名指しされた異国の少年は、意識を失って荒野を彷徨っていた間の状況を朧げながらにも覚えているらしく、「ごめんなさい」と口の中で呟いた。今ここに穴でもあれば、きっと隠れて出てこないに違いない。
「あ、そうだ。これはラザリナ。妹のうるさい方。いつもは優しくって皆の頼れるおねーさんなラザラインなんだけど、運が悪かったねー」
「だっれがうるさいですって……! そこになおんなさい、マリキヤっ!」
「やだよ、なんか殺されそうだもん」
 きゃーとふざけて頭を隠すマリキヤの前で、ぴきぴきとこめかみを引きつらせたラザリナは徐にぶら下げてあったフライパンを手に取る。
「もう駄目かも……」
 『客人』の少年は低く呻くと、部屋の角で小さくなった。

 がたん、ばたん、どたんと派手な音を立てて暴れ回っていた二人だったが、「マリ、キ……ヤ……」というラザリナの恨みがましい声を最後に静かになる。
 恐る恐る顔を上げれば、部屋の中央にあった丸テーブルは横倒しになり、四脚の椅子も方々に転がっている。さすがに陶器はなかったようだが、木の器や茶碗が床に散乱していた。
 マリキヤは左手を腰に当て、右手でほうきを逆さまに持った格好で床にうずくまる少女を見下ろし、少女は頭を抑えながらゆっくりと身を起こす。
 状況を把握するように彼女はゆっくりと室内を見回すと、いまだ部屋の隅で震える少年を見つけ、苦笑したのだった。
「妹のラザリナが失礼致しました。姉のラザラインです」
「……はい?」
 意味がよく分からなかった『客人』の少年は、掠れた声で聞き返す。
「まぁ、二重人格のようなものと思っていただければ。あなたが此度の『客人』ですね?」
「は、はい、そうらしいです……カゼクサです」
「もー、最初からラザラインで待っててくれれば話は早かったのにぃ」
 ほうきを窓枠に立てかけたマリキヤはぱんぱんと手を払うと、散乱した食器を拾い始めた。その横で立ち上がったラザラインが鍋を火にかけて湯を沸かす。
「今片付けますからね。そうしたらお茶でも淹れましょう」
「はい、手伝います」
 ようやく事態が収束したことを理解したカゼクサは立ち上がると、ひっくり返っていた椀を手に取り、椅子を起こした。まだ彼の手は震えている。
 階上からようやく降りてきたアスケロンは惨状に顔をしかめてマリキヤを睨みつけるが、睨みつけられた本人はどこ吹く風で戸棚から麻袋を取り出すと、さっさと中の焼き菓子をつまみ食いなどしている。
 茶葉の準備をしていたラザラインに微笑まれると、マリキヤは袋の中身を皿にあけ、片付けられたテーブルの中央に置いた。
 たっぷりと木の実が入った円盤状のお菓子はカコニスがマリキヤを借りていく礼として置いていったもので、帝都の方ではそれなりに流通している様だったが、ヴィルトを含む北方ではまだ高級品だった。
 促されて一つ摘んだカゼクサはしげしげと眺めていたが、ぱくりと口に入れて数度噛むと破顔した。
 茶を全員に配ったラザラインが着席すると、「それで」とマリキヤが切り出す。
「カゼクサ、どーする?」
「どーするって言われても……」
 マリキヤが彼に訊いているのは今後の話だと容易に分かったが、カゼクサは自分がいわゆる異世界というものに来てしまっていて、元の世界へ簡単に戻ることはできないと薄々気づいてもいた。
「……帰りたいって言ったら、帰れるの?」
 それでももしかしたら、と一抹の期待を抱いておずおずと聞き返せば、戻ってくるのは沈黙ばかり。
「ぜ、前例とかは……?」
「ないんだなぁ……」
「いや、あるだろ?」
 どうしたもんかねーと軽快に笑うマリキヤに、茶碗を弄んでいたアスケロンが当然のように告げる。
「ガランダルは彼の地に召喚された」
 それは、この世界の住人ならば誰もが一度は耳にする、御伽噺。
 マリキヤが「彼」と最後に話した、言い伝え。




The Story Teller
月影草