「魔法嫌いを拗らせたバールバックはいつの間にか一帯を支配する力を得ているようだけれども、決着のつかない戦に痺れを切らして魔法使いを戦力に取り込んだ時点で、自分達の主義主張はおろか、己の歴史も罪までも捨て去ってしまったのかしら」
 憎悪に爛々と燃える瞳でじりじりと詰め寄られ、バイラは気圧され、息を飲んだ。
「『カミに愛されていた』。たったそれだけの噂で、バールバックはあの子を処刑した。まともに魔法も使えなかったあの子を、ね。
 その過去を踏まえて問うわ、バイラ・クインベル。あなたは、あの子が、過去のあの子を無慈悲にも惨殺したバールバックに手を貸すと思うのかしら」
 マリキヤの知らないアルルをティルラに語られ、マリキヤはあぁ、と天井を仰いだ。
 彼の目の前でも惨殺されたアルルだったが、どうやらそれは彼にとって初めてのことではないらしい――彼らしいと言えば彼らしいのだが、笑っていいのか泣けばいいのか、判断に困る。
 マリキヤが溢れてもいない涙を拭っている間にバイラは尻尾を巻いて逃げてしまったらしく、彼が現実に戻って来た時、室内には気まずい沈黙が満ちていた。
「えぇっと結論から言うとぉ、君が『門番』、ダンダルドとガランダルの御伽噺の元ネタってことでいーい?」
「そうね、否定はしないわ」
「……いつものことながら雑に纏めやがったな、こいつ……」
 疲れたように呟いて、アスケロンがずるずると背もたれに寄りかかっては低く沈む。同意するように、ラザラインとカゼクサも深く息をついた。

「それでさっきの話に戻るけど、君の代わりに別の人が彼の地に行けば、延々と続いてる召喚の輪が途切れて全部丸く収まるって話でいい?」
「よく分かっているじゃない」
 アスケロンが二階から椅子を取って来ている間にラザラインが茶を淹れ直し、ティルラも交えて茶会の仕切り直しとなった。
 あんなに高飛車な態度でずかずかと乗り込んできたティルラだったが、落ち着けば話せるじゃないか、などと不躾なことをマリキヤは考えていた。
 満足気に頷いたティルラは、そのまま言葉を続ける。
「アルルはカミカクシについて調べていた筈だわ」
 「カミカクシ」という単語に反応したのはマリキヤでもラザラインでもなくカゼクサで、それを見たティルラは嬉しそうに笑うのだった。
「カゼクサ、知ってるの?」
「うん。簡単に言うと人が失踪することなんだけど、僕の家系は代々神隠しにあうんだ。僕も多分そういうことになってるんじゃないかな。誰かに呼ばれて、声について行ったら、その、こっちにいたんだから」
 先祖代々と言われ、マリキヤの眉がぴくりと跳ね上がる。
 マリキヤは今までに数名の『客人』を相手にして来たが、毎度手こずっていた『客人』たちがもしカゼクサの身内であったのならば、カゼクサに一体なんと言えばいいのか。
 ひとまず、次の『客人』がすぐさま来ないことと、カゼクサが今までの『客人』たちについて聞かないことをマリキヤは切に願った。
「カミカクシは彼の地《ガランダル》で語り継がれる物語。そして彼の地《ガランダル》から此の地《ダンダルド》に来る物語。今度の召喚でカミカクシにあった『客人』を送り返して終わればよし、終わらなくても私たちが召喚前に此の地《ダンダルド》に戻る足がかりくらいにはなるんじゃないかしら」
 カゼクサは、元の世界に帰ることは想定していなかったのかもしれない、きょとんとした顔で目を瞬かせた。
「それ、今までに試したことはないの?」
 マリキヤには、ティルラの仮説は誰にでもすぐに辿り着けそうな気がしたが、彼女の話を聞く限り、そして『門番』の話が伝承として風化している辺り、ティルラたちが繰り返して来た召喚の連鎖には相当な年月を感じる。
「『客人』が現れるようになったのは、そもそもここ最近の話でしょう?」
「そーだっけ?」
「そうよ。私だって今回初めて知ったんだから」
 自分と同じか、いくつか年下くらいに見えるティルラに断定され、マリキヤは重ねられた年月を感じた。
 残念ながらマリキヤが知るのはここ直近に三人程度で、その前がいたのかいなかったのか、それすら知らなかった。正直、『門番』の言い伝えができた頃から現れているものだと思っていた。
「まぁ、そういうのも含めてアルルが知っているでしょう。あの子がバルトで待っている筈だから、案内してくれないかしら」
 マリキヤは即答せずに一呼吸した。
 彼の瞳に映るのは二百年前の惨状で、自分がアルルならばあんな殺され方をした場所になど戻らないだろうと思った。
 だが、目の前にいるティルラはマリキヤよりもアルルを良く知り、アルルがバルトに戻って来ていると確信しているのならば、恐らくアルルはバルトにいるのだろう。
 ティルラの言葉を疑うわけではないが、自分よりもアルルを良く知る人物がいる事実に、マリキヤはなんとも言えぬ寂しさを覚えた。
「アルルは、バルトにいるんだね?」
「あの子がいなかったらそれはそれで一大事だわ。戻って来てはいる筈だもの」
 ティルラの言う「戻って来ている」は、バルトという街に、ではなく、《ダンダルド》と呼ばれるこの世界に、だ。
 確かにこれは己が認識する世界を超えた事象なのだと理解すると、うんとマリキヤは一つ頷いて腹を括った。
「案内するって言っても、すぐそこなんだけどねー。森に飲まれちゃったからさぁ、見つけにくいかも?」
「あぁ、道理で先には森しかない訳ね。ありがとう、恩に着るわ。『客人』、あなたも来なさい」
「は、はい」
 ぼんやりと二人の会話を眺めていたカゼクサは名指しされ、ひっと背筋を伸ばした。そんな彼を横目に、雨で血は流されているだろうか、などとマリキヤが少々物憂気に目を伏せる。
 会話に置いていかれたラザラインとアスケロンの二人は、我関せずと菓子をひたすらに貪っていた。




The Story Teller
月影草