クリスに借りた小舟に乗り、港から海岸沿いに漕いで行けば、やがて海岸は崖となって高さを増して行った。
「あ、あれっすね!」
「あぁ、あれだな」
 船の先頭で目を凝らしていたユーヒが前方を指差して叫び、船の櫓を握るスカイアも平然とユーヒに同意する。が、まだ崖からは遠いために陰になっている部分は日陰なのか洞窟なのかはっきりせず、ソフィアは口を尖らせた。
「なんつー視力してやがりますか」
「まぁまぁ、お二人が言われるんですから、きっとそうなんですよ!」
「そうそう、ユーヒのは視力じゃなくて直感かもしれないしね」
 ユーヒとスカイアの言葉に目を凝らしていたヒースが、助けを求めるかのようにクラウスを見る。「僕にも見えないかな」と肩をすくめるクラウスに、ヒースはほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「それで、ロカアクアっつーのは、どんな石なんですか?」
「それは私も気になっていました。どうして特殊な道具でしか採取できないのですか?」
 純粋なソフィアの疑問にクロバも賛同し、一番良く知っていそうなクラウスを振り返った。
「ロカアクアはね、『水の石』と呼ばれていて、形状がないんだ。それをその道具を使うことで、ちゃんとした形のある、普通の石に変えるんだよ」
「形のない、石……?」
 首を傾げて小さく呟いたヒースに、クラウスは笑みを浮かべた。
「うん、それは見た方が早いと思うよ」
「当然形状を持たせた後は加工するんだよね?」
 すかさず訊いてくるリューの意図は、加工した後の付加価値を訊きたいのか。
「そうだね。でも、ロカアクアそのものが水難を避けると言われていて、漁師や船乗りたちは家族や恋人から贈られて、良く懐に忍ばせているものだよ。加工するにしても、水系の魔法とは相性がいい——クロバ君、一つどうだい?」
「ふわわわ、私ですか? 確かに氷系の魔法は使いますが……しかし、貴重な鉱石で水難を避けるとなれば、私なんかよりも持つべき人は多いかと思います」
「そうかな」
 とリューが言いかけた時、船がかたんと揺れる。スカイアが漕いでいた手を止め、船底に置いてあったロープを手にした。気付けば、あんなに遠くに見えていた洞窟の入り口が目の前にある。
「さて、着いたぜ。ここから先はあんたに任せていいのか?」
「まだちょっと早いけれどね」
 スカイアの問いに、空を見上げたクラウスがサングラスの位置を直しながら答えた。



 先を争うように洞窟に入ったソフィアとユーヒが、二人に続いたリュー・クロバとヒースが、辺りを見回した。
 ロカアクアがあるという洞窟。その岩壁は、ただの岩のように見えた。
「ただの岩じゃねぇですか。どこにそんな貴重な鉱石があるってぇんです」
「きっとクラウスの魔法がびびっとこの岩全部をロカアクアに変えてくれるんだよ。ね、クラウス?」
「お、それはすごいな。見物だ」
 噂されている当人は、未だ洞窟の入り口近くに佇み、彼らの会話に苦笑しながら空を眺めていた。
「クラウスさんでも、空が恋しくなることがあるんですね!」
「言っただろう、まだ早いんじゃないかって。あぁ、そろそろかな」
 彼の視線は空から洞窟の中、足下に残る水へと移って行く。ゆっくりと傾いて行く太陽の光が、洞窟内部に溜まっていた水へと届いた。水面で反射した光は洞窟内部を優しく照らし、太陽が傾くにつれて洞窟内は明るさを増して行った。
 そして、水面が「ゆらめいた」。
「皆、道具を起動させて」
 ただ太陽光が反射しているのではない、水面から、洞窟内部から発せられる煌めきに呆気に取られていた面々は、クラウスの声に我に返ると、手に握っていた道具のふちを時計回りにそっとなぞる。道具に描かれたクラウスの紋章が、洞窟の光とはまた違う輝きを放った。
 水面に揺らめいていた光に濃淡ができ、やがてシャボン玉のような丸い形が、光の表面からぽこりと空中に出る。それは、洞窟の光に圧倒されていたヒースの丁度足下で。
「ヒース君、その丸いのを道具で掬ってくれるかい?」
 クラウスに言われ、ヒースは道具と足下の丸い光を交互に見比べ始めた。
「これ……を、これ、で?」
「てやあああぁぁぁっ!」
 ヒースが戸惑っている間に、ユーヒがその光に向かって走り込んでダイブする。そしてばしりと叩き付けるように、光を道具に潜らせた。道具に描かれた魔法陣の色が変わり、そして元に戻る。
「どうっすか!? 採取できたっすか!?」
「確保できたみたいだね」
「ホントっすか!?」
 喜びに道具を両手に持ったままがばりと跳ね起きたユーヒの手の中で、輪の中の膜のような光がたぷんと揺れた。心なしか膨らんでいるようにも見える。
「へぇ。本当に簡単なんだね、道具があれば」
「そうですね、道具があれば」
 天井から現れ、ゆっくりと目の前に落ちてきた「石」を道具でつつきながらリューが呟き、にっこりと笑ってクロバが同意した。



 夕焼けで空が茜色に染まる頃、七人の帰りを待ちきれずにそわそわと自分の店内を歩き回っていたクリスは、賑やかな笑い声と共に入ってきた一行に飛び上がった。
「どどどーだったよ!? 暴走したか!?」
「あんたは訊くことが違うでしょうが。お帰りなさい」
 カウンターの上を拭き掃除していたエミリーが、クリスを背後からはたいた。
「そうだね、暴走したかな」
「したのか!?」
「うん、主にユーヒが」
「はい!? 自分っすか!?」
 突然名指しされたユーヒが目を瞬かせる。
 しかしリューの言い分ももっともで、ユーヒはロカアクアが湧き出る度に走っては突っ込んでいったのだった。他メンバーと衝突したこと数回、洞窟内の浅い水に飛び込もうとしたこと数回……全てを数えていてはきりがない。
「ま、そのユーヒのお陰で結構大漁だったけどな」
 そう言ってスカイアは、道具が中に入った袋を掲げてみせた。道具の中に確保されたままのロカアクアが、袋の中ではきっと、たぷたぷと揺れていることであろう。
「道具からロカアクアを取り出すところまでは手伝うってぇんです。のでリュー、……」
「任されました。その分料金は上乗せっていうことで」
 いつの間に準備していたのか、リューがすちゃっと算盤を取り出し、クリスの目の前に立った。
「ちょっと顔を貸してもらおうかと」
「ははははい!?」
 クリスが凍り付いたのは、言うまでもない。
 店のカウンターで、道具を起動させた時とは逆の反時計回りに指を滑らせれば、中央からころころとアクアロカがこぼれ落ちてくる。ヒース操るチャーリーが、ひとつひとつ拾っては秤の上に乗せていった。
「『水の石』という名前がついているにしては、桜色の混ざった可愛らしい色をしているんですね」
 机の上から一つつまみ上げたクロバが、ランプにかざす。そしてチャーリーに持たせた。
「これで全部? ならば重さ掛けるこのお値段で、合計この金額になります」
 ささっと計算したリューが数字をクリスとエミリーに見せれば、彼らの納得のいく値段だったのか、二人そろって頷いた。
「ちょっと待ってろ、今支払うから」
 そう言ってクリスが奥に引っ込もうとしたその時、クラウスが持っていた道具から、ころんとロカアクアが転がり出た。あ、と思わず声をあげ、慌てて口を押さえたのはヒースだ。
「てやんでい、クラウス、なに一つ隠し持ってんですか」
「まぁ、クラウスさんのうっかりは今に始まったことじゃないっすけどね!」
「おれ、クラウスのうっかりにはたまに計画性を感じるんだけど」
「それは褒めてもらっているのかな?」
「なにをどー解釈したら褒め言葉になるっつーんですか!」
 思わずツッコミを入れたソフィアをまぁまぁとなだめつつ、クラウスはその最後の一つをクリスにと差し出した。
「リュー君に計算をやり直させるのも申し訳ないから、これは僕からのおまけということで」
 目を丸くし、最初は断ろうとしたクリスだったが最終的には戸惑いながらも受け取り、口ごもりながらも小さく、
「ありがとな」
と呟いた。


「リューさん、あの最後の一個はホントにあげちゃってよかったんっすか?」
 すっかり暗くなってしまった道を歩きながら、前を歩くリューにユーヒが訊いた。
「いいんじゃない? そもそも結構な量だったから、たんまり支払ってもらったし。これでしばらくは余裕かな」
「もしかしてユーヒ、途中の話聞いてなかったんじゃないのか?」
 後方からスカイアが口を挟めば、ユーヒと一緒にソフィアも何故か振り向いた。
「話って、なんのことっすか?」
「クリスの従弟の話。ほら、今度船に乗るって言ってただろ。多分クリスがロカアクアを今入手する必要があったのは、その従弟にお守りとして渡す為じゃないかってことで、最初から一つはあげようって話してたんだ」
「いやぁ、うっかりそのあげる分まで秤に乗せるんじゃないかとは心配したけど、あの演出は憎いね」
 くるりと振り返り、そのまま後ろ向きに歩きながらリューは言う。彼の視線の先には、一行の最後尾を大分離れて歩くヒースとクラウスの姿だった。
「リューさんも言われてありましたが、あれは本当にうっかりだったんでしょうか、それとも演出だったんでしょうか?」
 クロバの問いに、さぁね、とリューは肩をすくめた。
「終わりよければ全て良しってことで」










<言い訳>
折角なのでぁさぎさんの描かれた「水の石」のイラストから派生して書かせて頂きました。
一応全員お借りしましたが、誰にも見せ場がない上に全員ちゃんと動かせていなくてすみません……!

*鉱石の名前:ロカアクア(Roca agua)
 スペイン語で「水の石」の意味。

*クリストフ・ランメルツ(Christoph Lammertz)
 ドイツ語名。

何か問題がありましたら、ご連絡ください。



登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画