Good Day Good Departure 「この時この街」企画

水の守護石



「目指っすは〜豚のステーキ〜っすね!」
「何言ってやがりますか、ここは漁港だってぇんです。今日までの間に一体何を見てやがりました」
 ここはムーンアース。ソフィアの言う通り漁港であり、水揚げ量の多さではかなり有名な街である。翌日出発することにした一行は、最後の昼食に海産物を堪能しようと市場に繰り出したのだ。
「うん、河に住んでる豚にしても、ちょっと時期が早いと思うし、ステーキにはしないと思うんだ」
 ソフィアとユーヒの後ろを歩いていたリューが、真顔で重々しく告げる。彼の言葉に、ユーヒが勢い良く振り返った。
「豚に時期があったんすか!?」
「(か……川に豚なんて住んでたんだ……? チャーリー、知ってる?)」
 リューの横を歩くヒースが愕然としてチャーリーを見るが、何のことはない。河豚と字を当てるフグのことを、リューは言っているだけなのだ。
「クロバ君は何か希望があるかい?」
 会話に加わることなくきょろきょろとしていたクロバに、クラウスが声をかける。
「珍しいものが多くて目移りしてしまうのですが……あの平べったいお魚はどうやって頂くのでしょう?」
 クロバが示す方向に、リューは目をやった。箱の中に積み重なっているのは、カレイだ。リューの頭の中をいくつもの料理が駆け抜け、そしてぴんと一つが弾き出された。
「揚げ物、かな」
「カレイのフライか、いいね。スカイア君は?」
「俺? そうだなぁ、さっき見かけたサザエのつぼ焼きなんか良さげだったな」
 言ってスカイアは背後を指し示した。
「いいね。おれ、スカイアに乗った」
「渋いね」
 すかさず挙手したリューに、サングラスの奥にある青い瞳が微笑んだ。
 前方を歩いていたユーヒだったが、クロバやリュー、クラウスにスカイアの四人が立ち止まってしまったことに気付くと、人混みをものともせずに彼らの所まですかさず戻ってきた。その後にはソフィアが、そしてヒースが続いている。
「クラウスさん! 自分、肉が食いたいっす!」
 戻ってくるなりねだるように見上げてくるユーヒに、クラウスは今度は苦笑した。
「魚肉じゃだめかい?」
「それは牛っすか? それとも豚っすか?」
「うーん、ちょっと違うかな。海という名前の牧場に放牧されているんだけれども」
「なんだか分かんないっすけど、食いたいっす!」
「ナイス丸め込み、クラウス」
「人聞きが悪いなぁ……」
 ぐっと親指を立ててみせたリューに、クラウスの苦笑は更に苦みを増す。
「ソフィアとヒースは決まったのか?」
 スカイアに話を振られたヒースはおろおろと周囲を見回した。しかしそれは選択肢の多さを突きつけただけで、ヒースは更におろおろとするだけだった。その横でソフィアは、リューにびしりと人差し指を突きつける。
「リュー! お勧めを教えやがれってぇんです!」
 助けを求めてくるようなヒースと、何故か勝ち誇ったようなソフィアの二人を交互に見ると、リューは徐に頷いた。
「教えを請われるとは恐悦至極。教えてさしあげましょう、サザエです」
「……そりゃてめぇが……っ!」
 一瞬丸め込まれかけたソフィアが抗議しようとしたその瞬間。
「お、クラウスじゃねぇか! 良い所に来たな!」
 横から一行の間に割り込んできたのは、大柄な男だった。
 よく見れば身長はクラウスと変わりないくらいか、少し低いかもしれない。しかし全体的な骨格がしっかりとしているのと、彼の持つ雰囲気から、実際以上に大柄に見えるのだ。
「うん? あぁ、クリス君か。君がそんなに喜ぶだなんて、何か裏がありそうだね?」
 のんびりとした口調でクラウスに指摘され、クリスと呼ばれた彼はぴくりと顔を引きつらせた。そしてどこか裏返った声で返す。
「なな何言ってんだクラウス、お前らしくねぇぞ? っていうか俺とお前の仲じゃねぇか! 堅いこと言わねぇでさぁ、ちょっと話だけでも」
「てやんでい、やっぱり裏があるんじゃねぇですかい」
「自分、お腹ぺっこぺこです。何か食べてからじゃダメっすか?」
「そうだね……」
 言いながらクラウスは他のメンバーを見回した。クロバはご自由にどうぞと微笑みを返し、ヒースも構わないと首を横に振る。スカイアはどっちでもと肩をすくめた。最後にクラウスと目が合ったリューはクリスに向かって一言。
「昼食で手を打つよ」
「は、はい!?」
 クリスは、恐らく思っても見なかっただろう条件に目を丸くする。そんな彼に、クラウスも微笑んだ。
「悪いね、今は仲間が居るんだ」



 クリストフ・ランメルツ。
 彼の店は海産物ではなく、ムーンアースのもう一つの特産品、海で採れる鉱物を扱っている。特殊な道具を使わないと採取できない鉱石もあるらしく、その道具は以前クラウスが制作したのだとか。
「では、もしかしてクラウスさんは、ムーンアースに寄られる必要があったのでは?」
 クリスの自宅兼店で、クリスの彼女だというエミリーに早速出してもらったイカのフライを摘みながら、クロバが小首を傾げた。彼女の記憶が間違っていなければ、クラウスはフリーノウルでも良いと言っていたはずだった。
「まだメンテは必要ないと思ったんだけれども……耐久年数を読み誤ったかな?」
「それはうっかり? それとも計画的なうっかり?」
「だから、そんなにうっかりしているつもりはないんだけれど」
「まさか! あんたに作ってもらったのはどれもきちんと動作してるよ。……あん時は悪かったな」
 そう、バツが悪そうにクリスが付け加えれば、クラウスは覚えていないのか、目を瞬かせた。
「そんなこともあった、かな?」
「あったあった、一杯あった」
「リューさん、既にクラウスさんと一緒だったんっすか!?」
「いや? でもそういうことがあったっていうんなら、とりあえず慰謝料でも請求しておこうかなって?」
 真顔で告げたリューにクリスは硬直し、メインディッシュであるシーフードパスタを台所から運んできたエミリーはぷっと吹き出した。
「笑うなんて酷いよ、エミリーぃぃぃ!」
「それに関してはあんたが悪いんじゃない」
 彼女はクリスをばっさりと切り捨て、料理とフォークを皆に配って行く。
「それで、道具のメンテじゃないとしたら、あんたの頼みってのは何だ?」
 渡された皿を右隣に座っているソフィアの目の前に置いてやりながら促したスカイアの言葉に、クリスはぱっと顔を輝かせた。
「そう、よくぞ聞いてくれました!」
「ロカアクアの採取をちょっと手伝って欲しいのよ」
 意気込んで喋ろうとしたところをエミリーが一言で完結させてしまい、クリスはがっくりと肩を落とす。彼の姿があまりにも憐れに見えたのか、彼の椅子によじ上ったチャーリーが、ぽんぽんと背中を軽く叩いた。
「ロカアクアって、すごく貴重な鉱石だよね。確か、海の中の洞窟でしか採れないって言う。そんなの、おれたちみたいな素人で採りに行けるの?」
「海の洞窟にあるから、というよりも、採取の道具が特殊だから採れる人が少ないのよ。うちはクラウスに作ってもらったんだけど」
 エミリーの言葉に、一行の視線がクラウスに集まった。
 クラウスが作る魔法道具は、魔力がなくても使える特別品だ。要するに誰でも扱えるものであり、道具さえあれば誰でも採取できるとなれば、こうして二人が頼む理由がないように思える。
「クリス君……もしかしてあの道具、使えなかった?」
 何を、どうしたら。
 一行の視線は、今度はクリスに集中する。
「ごめんなさいぃぃっ!」
「この体力魔力馬鹿、あの道具をいつも暴走させるの。だからいつも彼の従弟に頼んでたんだけど、今度知り合いの船に乗るって言ってね、今は出航準備に追われてるのよ。なのにそろそろ在庫が尽きそうで」
 エミリーがため息とともに告げると、クリスはさらに項垂れた。
「……魔力干渉を馬鹿にしたらいけないね? もっと勉強しておくよ」
 言って、クラウスは苦笑する。スカイアは無意識に、自分の右腕を押さえた。



「これがその道具よ」
 昼食後、エミリーが奥から持ってきたのは、輪のような道具だった。輪の部分には紋章が施してあり、それは見覚えのある優しい輝きを放っている。
 ありがとう、と言って受け取ったクラウスがその道具をひっくり返したりしながら眺めているのを見て、クリスは顔を青くする。
「え、やっぱ俺、どっか壊したか……?」
「もう、だからクリスは触らないでって言ったでしょ?」
「道具のメンテ料は、一点頭10000Gになります」
「……いや」
 口ごもるクラウスに、冗談で料金を提示したリューは小首を傾げる。
「あれ、料金安すぎた?」
「実は本物が盗まれていて、それは偽物っていう話っすか!?」
「実は紋章が全然違っていて、なんで動作してるのか分からないとか?」
「てやんでい、さっさと吐けってぇんです」
 痺れを切らしたソフィアに、クラウスは困ったような表情の顔を上げた。
「いや、その……これ、どう使うんだったかなって?」
 その言葉を一体誰が予想しただろう。道具の一つを持っていたチャーリーが、からんとそれを机の上に落とした。唖然とした空気を破ったのは、大笑いしたクリスだった。
「はっは、クラウス、お前らしいよ! 誰もお前を偽物だなんて疑うもんか!」
「そうだね、この予想外な方向にうっかりとぼける感じが、いかにもクラウスって感じだよね」
「それは褒められているのかな?」
「違うっす、クラウスさん、そこは怒る所っす!」
「何をどーやったら褒め言葉になるのか説明しろってぇんですっ!」













登録者:夢裏徨
HP:月影草
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