真夜中の迷走劇・下



「クラウス、あんた、無事に宿まで辿り着けたのか」
 心底ほっとしたような表情で告げるスカイアに、「いや」とクラウスは返す。スカイアはえ、とその顔を引きつらせ、クラウスはそんな彼の表情に笑ってみせる。手の中の紙を広げ、皺を伸ばしながら。
「ふと思い立ってね、ちょっと遊びで作ってみたんだよ、これ。血液を含ませると対になる魔法陣の所まで飛んで行って、そして血液を含ませた人の下まで戻ってくる。ただそれだけの簡単な伝令だ。まだちゃんと調整はしてなかったんだけど、ちゃんと思い通りの動きをしてくれたみたいだね」
「待て。じゃあそれがちゃんと飛ばなかったらどうするつもりだったんだ」
 スカイアの問いに、クラウスはただ肩をすくめた。
「さぁね。その時はその時だろう」
「何がその時はその時だってぇんですか!」
 表が静かになるまで宿の中で待っていたのだろう——小走りで出て来たソフィアが、びしりと銀の環をクラウスにつきつける。
「一番の年長者がそんな行き当たりばったりでどーするってぇんですか、もう少し年上としての自覚と計画性ってぇもんを身につけやがれってぇんです!」
 怒りをぶちまけながら、ソフィアはクラウスを上からしたまで眺める。どうやらこれは、彼女なりの心配表現であり、怪我の治療をしてくれる心づもりらしかった。
「僕はなんともないから、ソフィア君、スカイア君を見てやってくれないかい?」
「言われなくったってみてやるってぇんです。スカイア、そこに直りやがりませ」
「あ? あぁ。俺も特には怪我してないんだが」
「クラウスさんもスカイアさんも酷いっすよ。二人だけでそんな楽しそうなことして! 自分も連れて行って欲しかったっす」
 手をぎゅっと握りしめ上目遣いに恨めしそうな視線でクラウスを見上げてくる赤い少年の背を軽く叩き、クラウスは言う。
「僕はただの付き添いだったからね。ユーヒ君、それはスカイア君に交渉してくれないかい?」
「おい、あんた。都合良く押し付けてないか?」
「まさか。それは君の被害妄想だよ」
 クラウスの笑顔に、スカイアの表情は更に引きつった。
「それで、クラウスさん。その紙袋の中身は一体何なのでしょう。それを取り合っていたようでしたが」
 クロバが興味津々に、クラウスの持つ袋を指差した。街の警備に突きつける気満々なのだろう、用意周到に持っていた縄で地面の伸びていた男たちをきっちりと縛り上げていたリューだが、紙袋の中身には興味があるのか、クロバの質問に顔を上げた。
 指摘されて、ようやくクラウスも自分がその手にしっかりと握りしめていた紙袋の存在を思い出す。中身が壊れやすい物でなかったことが、救いかも知れない。
「これ自体はね、全く関係ないんだ」
 開けていいよ、とクラウスに差し出され、クロバは首を傾げながら紙袋を開く。覗き込み、中身を引っぱり出せば、出て来たのは毛糸の帽子。
 首を傾げるクロバから紙袋を受け取ったリューも、その中身を覗き込んだ。
「帽子とマフラーと手袋? 普通にその辺で三点セット1000Gで売ってそうだけど、実はクラウスの紋章が付加されてたり、超高級品だったりする?」
「いや、スカイア君が拾った物だから、普通の物だと思うよ。街の子供が落としたんだろうね。紙袋は、夕飯の」
 クラウスの種明かしに、目が覚めたらしい男の一人ががたりと跳ね起きようとしたが、きっちりと結ばれた縄に阻まれた。そんな男を一瞥し、クラウスは続ける。
「本物には一体、何が入っていたんだろうね。まぁ、彼が教えてくれなかったとしても、街中探せば出てくるだろうね。幸い、この紙袋が目印だとも分かっているし」
 男は器用に上体を起こすと、ちっと舌打ちをした。逃げられないと悟ったのだろう、意外にもあっさりと彼は口を割った。
「薬だ、ドーピング剤。中毒性が高くって、いつもこうして取り合いになる。……そーだよな、あんたらみたいに、普通でも強い奴らが、んなもん欲しがるわきゃねぇか」
 ため息混じりの男の一言に、視線はクラウスに集まった。
「だってさ、クラウス。使ってみる? どんな効果があるかは知らないけど」
「あら、ユーヒさんと毎日走れば必要ないかと思います」
「今回みてぇな自体に備えて逃げ足でも鍛えてりゃいーんじゃねぇですか?」
「君たちね……」
 革靴の堅い足音が、静けさを取り戻した夜の街に響く。どうやらようやく、警備のご登場らしかった。



 メルカディロの街は、農産物の取引が盛んだ。その農産物に混じって、違法麻薬の取引が行われていたこと、それを取り締まれずにいたことは、街の頭痛の種だったのだとか。街の出入りが厳しく取り締まられるようになったのは最近のことで、それも、麻薬取引関係者を街から出さない為の苦肉の策だったと言う。
 あの後スカイアとクラウスは、警備が到着する前にとリュー・ユーヒ・クロバ・ソフィアの四人を宿に戻した。麻薬取り締まりに貢献したとはいえ、取り調べが長引くであろうことは予想済みだったのだ。
 宿の前と公園に伸びた男たち、総勢20名は下らなかっただろう、を警備に引き渡し、事情聴取が始まったのは空も明るみ始めた頃。彼らが納得するまで説明を繰り返し、ようやく二人が解放されたのはもう、人々も目を覚まし始める頃だった。
 二人は宿に直帰し、朝の訓練を始めたユーヒやクロバに、起き出したリューに朝の挨拶をし、そのままベッドに潜り込んだ次第である。
 ぱちりと目を覚ましたソフィアは、訓練から帰って来たユーヒやクロバと共に、朝市でリューが買って来た揚げたてのドーナッツを頬張る。熱々のドーナツの外側はさくさく内側はふわふわで、とろりとかけられた蜜が丁度よい甘さをそこに加えている。ソフィアは、ご満悦だった。
 自分の分をぺろりと平らげてしまったユーヒは、何食わぬ顔でクラウスの分に手を伸ばす。いつも通りで、今朝も誰も何も言わない。
 朝食を終えて新聞を読み始めたリュー、読書に移行したクロバを見、暇になったユーヒはテーブルの上に放置されたままの「紙の鳥」を突き始めた。その行動自体に意味はない。
 昨夜、皆がぐっすりと眠っていた部屋に突然窓から飛び込み、がさがさと音を立てながら部屋中を旋回し、その場にいた全員の睡眠を妨害した、クラウスの試作品だ。作った本人は、もう起きないのではないかと心配になるほど静かに、深く眠りについている。
「もう少し可愛いデザインになりゃ、多少の睡眠妨害は許してやらんでもねぇです」
 指に付いた蜜をぺろりと舐めながら、ソフィアが言う。がさりと新聞のページを捲りながら、リューが口を挟んだ。
「デザインが変わっても、やることは変わんないと思うけど。おれとしては、もう少し静かになってくれると嬉しいかな」
「それはそれは、安眠できて良さそうですね!」
「てやんでい、誰も気付かなきゃ、伝令の意味がねーってぇんです」
 そう? と真顔で首を傾げるリューの前で、ユーヒががたりと大きな音を立てて立ち上がる。拳を握りしめ、ガッツポーズで彼は自信満々に告げる。
「これ、ヒーローマークが足りてないんっすよ! ヒーローマークさえつければ完璧っす!」
「格好良いデザイン案は決まってるんでしょーね?」
「もちろんっす! 赤で大きく HERO っす!」
 がしりと後ろに蹴り倒した椅子の足に自分の足を載せ、彼はきらきらとした目でそう言い切る。きょとりとした目を瞬かせたソフィアは一瞬後、
「良い趣味してやがりますね」
 と良い笑顔。クロバもにこにことした笑顔を振りまく横で、リューがぽつりと、「前衛的デザインがウケて売れるかも」と呟いたのは誰も聞いていない。
 ユーヒの声に目が覚めたのか、寝癖でぼさぼさになった頭を掻きながらスカイアがむくりと起き上がる。目の前で繰り広げられているのは、ヒーローマークを付加することが前提の、カオスな改造計画だ。
「あんたもそろそろ起きた方が良いんじゃないか?」
 隣のペッドに出来上がったこんもりとした山をスカイアは軽く叩く。起きていないだろうと、起きないだろうとの彼の予想に反し、布団の中からはくぐもった声が返された。
「……無理」










<言い訳>

***

伝令系魔法道具

 作中ではちゃんと出て来ていませんが、二つのパートに分かれています。

・冒頭でクラウスが飛ばした「伝令」
・宿でクラウスが作成し、そのまま置いて行った「目印」

 基本的にこの二つが対になって作動します。
 血液を含ませることによって「伝令」の魔法が発動し、「目印」へと向かって飛んで行く。「目印」に到着したらその周辺の人の注意を引き、魔法を発動させた人(血液を含ませた人)の下へと折り返す。それが一連の流れです。
 自分の居場所を伝えるのが主な目的ですね。手紙を添えれば、伝書鳩的なことまではできますが、運べる物は手紙程度(重いものを運べるような設計にはなっていない)とご理解いただければ。
 現在は試作品なので「伝令」も「目印」もベースが紙ですし、「伝令」に至っては一度の発動しか想定されていません。

 試作品ですので、もし気に入った方がいらっしゃれば、今後の話で完成させてくだされば良いと思いますし、もっと違う形が良いと思えば、とりあえずこれは忘れて、長く使えそうな道具を提案してくだされば良いと思っています。

***

2013/9 にチャットで出た「スカイアアニキとクラウスのチェイス劇」が元ネタになっています。アイディアを貸してくださった透峰零さん、ありがとうございます!
そんな訳でスカイアアニキとクラウスがメインの話。申し訳程度にリュー君・ユーヒ君・クロバちゃん・ソフィアちゃんをお借りしたら、本当に申し訳ないことに…(汗) そしてリュー君やっぱり再現できません! あのツッコミ待ちの良さげなボケが、私の貧相な頭では思いつかずorz

*街の名前:メルカディロ(mercadillo)
 毎度お馴染みスペイン語で、「青物市」の意味。

*通りの名前:エスコーラ(escuela)
 やはりお馴染みスペイン語で、「学校」の意味。

*夕飯をテイクアウトしたお店:カフェ・イエルバ(Café Hierba)
 当然のごとくスペイン語で、イエルバ=ハーブの意味。

 リュー君・ユーヒ君・クロバちゃん・スカイアアニキ・ソフィアちゃんお借りしました、ありがとうございます。
 何か問題がありましたら、ご連絡ください。



登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画