30分小説 お題「破片・遠く」

 それは、ガラスの破片だった。
 朝市で雑貨と共に並んでいた、それ。川縁にでも落ちていた物なのか角はなく、潰れた丸い形をしている。普段は気にも留めないそれを、何故かリアは手に取っていた。


「なんだ? それ」
 皆がクエストに出かけた後の閑散とした酒場で、リアはガラスの破片を光に透かしていた。何故そんなものを購入したのか、リア自身にもよく分からない。
 そのリアに声をかけたのは、昨夜遅く帰ってきて、今ちょうど起きた所であろう、アルト。
「ガラスです」
「ガラス?」
 白く濁ってはいるが、完全に光を通さない訳ではない。その曇り具合は、辛うじて反対側が見える程度。
「材質は普通のガラスだそうですけど」
「なんか、魔法がかかってるな、それ」
「やっぱり分かりますか」
 興味を持ったらしい彼に、そのガラスを手渡す。色々な角度からそれを眺めた彼は、しばらくしてリアにそれを返そうとする。けれど、彼女は受け取らない。
「『遠く』が」
「ん?」
「『遠く』が、見えるそうですよ」
「遠く?」
 リアに言われて、アルトは再びガラスを見る。濁りガラスを通してでは、遠くはおろか近くすらも見ることはできない。
「物理的にじゃありません。精神的に『遠い』もの——」
「お前はなんか見たのか?」
「——いいえ」
 何が見えるのか、興味はある。けれど、何を見せられるのか、それが怖かった。
「試してみますか、アルトさん」
「そうだな……やめとくよ」
「何故?」
 返されたそれを今度は受け取り、そして彼を見上げた。
 アルトは「あー」と視線を逸らす。
「だってさ、もし、それが怪我している人とか助けを求めてる人とか映してきたら、どうすんだよ。俺、知ってる近くの場所だったらともかく、知らねぇような場所だったら、俺、どうやっても助けにいけないだろ」
「……あぁ」
 小さく相づちを打って、リアは手元のガラスに視線を落とす。
 誰が何の目的てこんな物を作ったのか、それはさっぱり分からない。
「お前はなんで見ないんだ?」
「別に。自分から遠いものにだなんて興味はありませんから」
「おい。じゃあどうして」
 アルトの問いに、軽く肩をすくめて返した。
 とりあえず、これはアヴィルにでも渡してしまおうと、リアは思う。彼ならば、占いにでも活用できるだろう。
 表に出て、後ろ手でぱたりと扉を閉める。そして扉に寄りかかり、ガラスをかざす。
「……あなたを見てしまったら、私は」
 小さくため息をつくと同時に、それは手から滑り落ちて——


2012/7/15


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画