30分小説 お題「枠・てのひら・誤解」

 彼女を捕らえた帰り道。何を思ったのか、心配性の僧侶がくるりと振り返り、手のひらを差し伸べてきた。
「荷物重いだろ。持とうか?」
「そんなに重くないですよ、大丈夫です」
 本当にギルドを出て行くのだと彼女に思わせるために、本当に荷物を詰めてきた。
 けれど――本当に全てを詰めてしまったら、もう帰ってこれなくなるんじゃないだろうかと、それが少しだけ怖くて、大事なものは全て置いてきた。
 一つだけ、除いて。
 だから今ここにあるのは、嵩張るものばっかりだ。
「あーあ、お前じゃナヨっとしてるから、大事なモンは預けらんねぇってよ?」
「な……じゃあお前持ってやれよっ!?」
「ヤだね」
「アルトとヤマトは今日も仲が良いのう」
「そうですね。たまには嫉妬でもして差し上げましょうか?」
「いらねぇっ。ってかむしろお前らにくれてやるよっ」
 力いっぱい否定する彼に、リーチェさんと私は揃って黒い剣士を見やる。彼は飄々と、「嫌われたもんだな、おにーさん寂しい」とかのたまわった。
「お前は自業自得だろーがっ!!」
「いやん、アルト君ってばこっわーい」
「気色悪いわっ」
「これこれ近所迷惑じゃろうに」
「そうですよ、アルトさんの声はただでさえ響くんですから。まぁ、あなたに突っ込むなと言う方が無茶難題でしょうけどね」
 うぐ、と彼がこらえたのが分かる。けれど、また突っ込み始めるのは時間の問題だろう。
「あーっ、もう、何でもいいっ。それ持ってやるから貸せってのっ。さっきからずっと持ちっぱなしだろ!?」
「そんなに弱いつもりはないんですが」
 強引に荷物を取られて確かに楽にはなったけれど、それを認めるのは癪だからと言い返してみせる。
 でも彼らには分かっているんだろう。どんなに誤解を招く発言をしてみたところで、彼らにはお見通しなんだろう。私の本心なんて。
 この優しさに馴染みたいと思ってしまったあの日から、いくら誤解されようと、嘘だけは吐かないと決めたんだ。
 それが自らに課した、超えてはいけない一線。
「アルト、そなたは過保護なのじゃ」
「過保護ぉ?」
「そーそー、過保護。定義必要? ならキールに訊いてくれ?」
「必要ねぇよっ」
 やっぱり大声を出さずにはいられないらしい彼に、やれやれとゆるく首を振って、私は前方を見やる。
 奇人変人ばかりが集まるものかきギルド。けれど腕は確か。それは。
「……人と人との繋がりを、馬鹿にしないでください」
「ん? なんか言ったか、リア?」
「いいえ、何も」
 不思議そうな表情の彼の脇をすり抜けて、ヤマトが一応開けて待っていてくれているらしい扉を潜り抜ける。
「アルト、お前も入るなら早く入れよ、寒いじゃねぇか」
「おい待てって、だからお前は俺の目の前で閉めるなっ」
 彼らの中にいられる喜びを、彼女はきっと理解できない。そんな人に負ける気なんて、ない。


2011/11/19


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画