優しさに馴染むまで

 ここに馴染めたら幸せだろうなと、思ってしまった。

 紹介状を見せて、ギルドに登録させてもらって、ギルドのメンバーを紹介してもらって。
 彼女に「笑顔でありなさい」と言われたから、笑顔は崩さない。だから見た目の印象は悪くなかったと思う。のだけれども。
 「よろしくな」と口々に告げる彼ら。皆一同に優しそうで、仲が良さそうで。差し出された右手を恐る恐る握り返せばすごく温かくて――怖い。

 ――仕事さえこなしていれば、後は自由だ。
 その言葉が私の「自由」を保障したけれど、それは「孤独」と同義だった。


「……右手」
「ん?」
「あなたの利き手でしょう?」
 そうだけど、と戸惑う彼に、私は笑顔のままでざくざくときつい言葉を投げつける。
「潰される可能性は考えられなかったんですか? それとも、あなたは外見だけで誰を信用できるのか、完全に見分けられると?」
 冷やかな私の言動に、当然のごとく彼らは凍りつく。身構えた気配も、ある。
 ――それで、いい。
「今日は早いですが、失礼します」
 身動きできずにいる彼らの合間をすり抜けて、私はあてがわれた二階の自室へと足を向けた。
 ――優しさなんて、向けないで。


「えー、本当に連れてくの? すっごく感じ悪かったのに」
「つっても仲間だろ。信じてやんなきゃ」
 ベッドの上に寝転がったまま天井を見つめていた私は、聞こえてきた声に身を起こした。幼いビーストテイマーと、あの白い僧侶だろうか。彼らが話しているのは、もちろん私のこと。
「……物好きな」
 昨日あんなにも冷たく当たったというのに、彼は懲りていないらしい。「信じる」と彼は軽くいうけれど、お人好しすぎるにも程があるのではないか。
「おーいリア。いるか?」
「いますよ。どうぞ」
 笑顔を張りつけて返事をする。扉の向こうから現れたのは、やはりシャルロットとアルトの二人だ。
「今からクエスト行くから、お前も来いよ」
 馴れ合うつもりはないと突っぱねるつもりだったというのに。
「……そうですね。行かせていただきます」
 誰かの側にいたくて。拒絶など、できなかった。

 クエスト内容は「大樹の星々」の採取。アルトと共に呼びにきたから一緒に行くのかと思いきや、シャルロットは結局ついてこなかった。
「これが目的の樹だな」
 下から見上げれば、青白い実は確かに星のようにも見える。ただそれを採るためには、樹に登らなければならない。
「熊に似た魔物が出ると言いましたね。それは樹に登るんですか?」
「登るんじゃねぇの? そんなに頻度は多くないって聞いたけど、出てこられたら厄介だな」
「そうですね。私は下で待機していますので、採ってきてください」
「は?」
 樹を見上げたまま告げれば、彼はぎょっとしたような表情で私を見つめてくる。彼は一体どうするつもりだったのか。
「二人で上まで登ってその魔物に遭遇するよりも、樹に登らせないようにした方がいいでしょう? ならば恐らく、私の方が適任です」
「や、だけど」
「いいから、行ってください」
 まだなにか言いたさそうにしていた彼を問答無用で送り出す。渋々ながらに登る彼を見送って、私も一番下の枝によじ登った。

 暫くしてからのこと。
「あっ!」
「目標、固定化します」
 上から慌てたような声が聞こえ、実が一つ、二つ、落ちてくる。反射的に固定化したそれを受け止め、私は「気をつけてください」と上に向かって叫び返した。
「悪ぃ、当たんなかったよな!?」
「そんなヘマをするわけがないじゃないですか」
 返された沈黙は、怒りからなのかなんなのか。なにか言い足すべきなのかと迷っていると、一陣の風が吹き抜ける。あの澱んだ空気以外ほとんど知らない私には、それがとても気持ち良いように思えた。
 それほど離れていない二つの街。集まる人も、その雰囲気もまるで違うのは、どうしてなのだろう。ふと目を細めては、そんなことを考える。
 そのままどのくらいぼうっとしていただろうか。がさりと音がして、はっと我に返った。音がした方に視線を向ければ、黒くて大きな影。熊だろうかと思ったが、もしかすると魔物かもしれない。
 どちらにしても、それはこの樹を目指しているようで、ならばアルトが上から戻ってくるまで足止めしておかなければならない。
「目標、固定…………」

 寒々しい裏路地。
 一瞬で冷めたあの体温は、誰の所為?


 固定化魔法を使おうとした時、フラッシュバックした。

 戻りたくない。繰り返したくない。ならば魔法を――使えない?

 駄目だ、それ以上考えるなと自分自身に言い聞かせる。それでも、手が震えた。魔法を発動させようとしても、声が震えた。

 守らなければ。自分を。そして、彼を。

「固定化します……っ」
 迷いを持ったまま発動したそれが、十分な効力を発揮する訳がない。
 樹に登ろうとしていたその姿勢で固定化されたソレ自体の動きは止まったが、逆に言えば固定できたのはそれだけだった。
 不安定な体勢のソレは、当然のごとく樹の方へと倒れこむ。私は慌ててもう一度固定化魔法を使おうとしたけれど、間に合わない。
「……!」
 ソレが樹にぶつかった衝撃で、バランスを崩す。最早パニックに陥ってしまった私には何を考えることもできず、ただその身を竦ませ――
「リアっ!」
 上から、頼もしい声が聞こえてくる。
 地面にぶつかることを覚悟していた私を、展開された結界が包む。そしてそのまま優しく、安全に着地した。
 ほっと安心したら気が抜けてしまい、立てそうにない。そんな私の横に、途中の枝から飛び降りたらしいアルトが、すたりと着地した。
「大丈夫だったか、怪我は!?」
 ない、との意味をこめて首を横に振れば、彼も胸を撫で下ろしたようだった。そして固定化されたまま地面に転がっているソレに気付くと、納得したような表情になる。
「そっか、あいつの足止めしてくれたんだな。ありがとよ、リア」
 じゃあ、帰ろうか。
 その言葉が、嬉しくて。





「優しさと掌」 by秋待さん
(by 秋待諷月さん)

 まだ地面に座ったままの私に、彼がやはり右手を差し伸べてくる。
 昨日の今日で、私が言ったことを忘れてしまったのか。そんなことなど関係ないほどにお人好しなのか。それとも、私の言葉なんて真に受けていないのか。
「アルトさん。昨日私が言ったこと、覚えてます?」
「ん? なんだっけ?」
「ですから、右手」
 指摘して初めて思い出したのか、あっと気まずい顔になって手を引っ込めかけ、そのまま差し出してきた。
「利き手じゃない方出すのは失礼にあたるだろ、ほら手ぇ貸せよ。左でいいから」
「……ありがとうございます」
 小さく口の中で呟いて、少し迷った挙句に私も右手を出す。
「ん? お前、左利き?」
「いいえ、右です」
「じゃ、なんで……?」
 不可解そうな顔をした彼に、私はにっこりと笑ってみせた。
「利き手が使えなくても、魔法は使えますから」
「……あー、はいはい。お前が信用してくれたのかなんて、ちょっと期待した俺のが馬鹿だったよっ」


2011/5/30


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画