30分小説 お題「花見」

 花を見ようよと、 彼女は言った。


「どうしてこんな夜中に、花見だなんて思い立ったんですか?」
「夜中に見ちゃいけないだなんて、誰か決めたのかなぁ?」
 にっこりと、緑の髪の女性は笑う。
「そんなことはないけど、お日様の光の下で見たほうが絶対綺麗だよ」
 今日はもう休みたかったのに、と頬を膨らませるのは若きビーストテイマーであるシャルロットだ。
「まぁまぁそう文句を言うでない。ロベリアにも何か考えがあるんであろうて」
「夜中にしか咲かない花が高級アイテムだったりとかするんですねぇっ!」
 はしゃいだ声のエリィに答えることはせず、白衣をまとった彼女、ロベリアは、ただ微笑んだ。
 この時刻に花を見るのならば近場だろうと高をくくっていた他の四人だが、ロベリアは速度を緩めることなくすたすたと歩いていく。一体どこまで行くのだろうかと疑問を抱くには、そう時間がかからなかった。
「ねぇ、本当にどこまで行くの?」
「もうすぐだよ」
 振り向きもしない彼女の背が、闇に紛れてしまいそうで。
「……!」
 いやな想像に、少し遅れて歩いていたリアは早足でロベリアの横に並ぶ。子供っぽいことをしてしまったような気がして、彼女は俯いた。
「どうしたのかなぁ、リアちゃん?」
「どうもしてません」
「もしかして不安? ほら、すぐそこだよ」
 ふと立ち止まり、ロベリアは前方を指差した。彼女の示す先をみて、おぉ、とリーチェルートが、エリィが、感嘆の声をあげる。きゃあすごい、とシャルロットは駆け出した。
 そこにあったのは、一面の原に咲き乱れる、小さな花々。
 月の薄明かりに照らされたそれらの色は、遠目からでは分かりづらい。ただ色とりどりの花が咲き乱れているのだろうということだけは、分かった。
「ほぉ、これは見事じゃのう。なるほど、これならばわざわざ見に来る価値もあろうて」
「そうですかぁ? ワタクシにはただの花にしか見えませんけどねぇ」
「そりゃあ普通の花だけど、これだけ群生してるっていうのが素敵なの! エリィさんってば分かってないなぁ」
 ちょうど背伸びをしたい時期なのだろう。自慢げに告げるその姿がかわいらしい。
「……おねえさん?」
 微動だにしないロベリアを、リアはそっと見上げる。彼女は誰にともなく、呟き始めた。
「歌がね、聞こえるらしいの。この原で、この光景を見ながら、歌い続けた女の子がね、いるんだって。その子は幾晩も歌い続けた挙句に」
 ――この場に囚われてしまったんだって。
 高い澄んだ声が聞こえたような気がして、はっとリアは原を見る。
 だがそこに見えるのは、シャルロットと、リーチェルートと、エリィ、三人分の影だけ。
「ねぇ、リアさんも早く早く!」
 シャルロットの声に引きずられるように、リアは原に一歩足を踏み入れる。だがロベリアの話が頭から離れず、彼女は振り返った。
「ほぉらこうすると花冠のできあがりなのじゃ!」
「えぇー、うまく繋がらないよ?」
「ほほ、ちとコツが必要でのう」
「あーあ、武器でも落ちてませんかねぇ」
「落ちているわけ、ないじゃないですか」
 リアはエリィにさくりと突っ込みをいれて、やはり立ち尽くしたままのロベリアの手をそっと取った。
「ほら、皆さんが待ってありますよ? それとも、どうかされましたか?」
 先ほど言われた言葉を返せば、ロベリアはふにゃりとしたいつも通りの笑顔を見せてくれた。
「ううん、なんでもない。ありがと」


2011/5/7


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画