差し伸べられた手
全てを呪いたくなる時。
そんな時が、あなたにもありますか?
「……」
ギルドの中から、数人の声が聞こえた。大分盛り上がっているのだろう――この中を通って部屋に上がるのは面倒だ。――いや、もしかしたら盛り上がっているからこそ、私には気付かないでくれるだろうか。
――私になんて、構わないで。
心の中で願いながら、扉を静かに押す。途中扉が立てた軋む音に、私は僅かに顔を顰めた。そんなことをしたって、音は消えないというのに。
「お帰り! 寒かっただろ、ほら早く中に入れよ」
「……」
向けられるのはいつも通りの笑顔。彼と一緒になって騒いでいた他のメンバーも、こちらを振り返る。
溜息が一つ、こぼれた。
「……? どうしたんだよ、早くこっち来いよ」
「……っ」
差し伸べられた手を思わず振り払う。どうしてそんなことをしてしまったのか。反射的に出てしまった「昔」の癖が、憎い。けれど、引っ込みもつかなくて。
――心底傷ついたような表情の彼から逃げるように、私は二階へと駆け上る。
ワタシハ ヒトヲ キズツケルコトシカ デキナイ。
床に座って、膝を抱え込む。
彼にあんな表情をさせてしまった。自分は、なんて。
「あの人はお人好しすぎるんです」
悪態をついてみても、ココロは一向に晴れない。
いつも守ってもらって、いつも回復してもらって――恩を仇で返すとは、まさにこのことだろう。素直に謝れればいいのだろうけど、生憎そんな素直さの持ち合わせはない。意地を張っているだけ、と言われればその通りなのだろうけれど。
「ごめんなさい」
ぽつりと呟けば、呼応するかのように涙が溢れた。
「ごめんなさい」
彼の前でも、この位素直に謝罪の言葉が出れば良かったのに。
「ごめん、なさい……っ」
――声は届かなくとも、心は届くだろうか?
ふわりと何かを被せられる感覚に、意識が浮上した。うっすらと目を開いてみれば、目に入るとは見慣れた白の法衣。
「そんな所で寝て、風邪ひいても知らねぇぞ」
「……女の子の部屋に勝手に入るだなんて、デリカシーのない人ですね」
呟かれた言葉に、顔を上げずに反応すれば、寝ていると思いこんでいた彼が、驚いたように後ずさる。
「いやだって、何も言わずに二階に上がっちまうから、一体何があったのかって……っていうか起きてたのかよ」
「今起きました」
再び零れそうになった涙を、私は必死に堪えた。「いつでも笑っていなさい」と言った彼女の言葉が、今は重くのしかかる。
「辛かったら言えよ? その為の仲間で、その為の『家族』なんだから」
言い返せない私の頭を軽く撫で――
「じゃ、夕飯には降りてこいよ」
――彼は、独りにしてくれた。
冷静になってみれば、我ながら馬鹿なことをしたように思う。
顔を洗って、鏡の前でにこりと笑う。
「私は、大丈夫」
心配は無用だと、態度で示しに行こうではないか。
2011/1/20
夢裏徨「月影草」
ものかきギルド企画