30分小説「指輪」

「お、クレマン。……何手に持ってんだ?」
 アルトが訊ねれば、クレマンは握っていた手を開いて見せた。彼の手の平に乗っているのは、繊細な模様の施された指輪。
「それ、お前の?」
「いやぁ、違うよ。これは、大事な人の」
 にっこりと笑って、彼は自室へと戻っていく。その場に残されたアルトは、ただはてなを飛ばすばかりだった。
「大事な人って、誰だ?」
 ぽつりと彼が呟いたところに、一人の少女が通りかかる。彼女はにっこりとアルトに笑いかけた。
「あら、アルトさん。どうされましたか?」
「いや、クレマンが持ってた指輪って、誰のだろうと思ってさ」
 指輪、と小首を傾げるリアに、アルトは経緯を説明する。「大事な人のものらしい」と彼が告げれば、リアはあぁと納得したようだった。
「え、知ってるのか?」
「確証はありませんが、多分」
 笑顔でそれだけ言うと、アルトに説明する気などないらしく、そのままリアは階下へと下りていく。
「ちょ、ちょっと待てよ、誰なんだよ一体」
「大切な人の、でしょう? クレマンさんの言葉を疑うんですか?」
「いや、そういうつもりはねぇけど」
 アルトには、どうにも遊ばれている気がしてならず、納得できない。クレマンに直でもう一度訊いてみるかと思いつつも、彼は自室の戸を開けた。
 そこにいるのは当然、ベッドの上でくつろいでいる、彼。
「……で、お前はなにをやってるんだ、そこで」
「お前さぁ、同じ問いに毎度毎度同じ答えを返す俺の身にもなってみろよ」
「納得できる理由さえ提示されりゃ、毎度毎度俺だって同じ質問を繰り返したりしねぇよっ」
 アルト君ってばこっわーいとかなんとか言うヤマトを、アルトは潔く無視。彼に付き合っていても、何も始まらない。
「そういや聞こえてたぜ?」
「何がだよ」
「クレマンの指輪の話」
「あぁ……お前は何か知ってるのか?」
「いーや」
 わざわざ話題を振ってきたのだから、と期待してみるも、あっさりと返されてアルトはがくりと肩を落とす。
「だったらその話題持ち出すなよ」
「しらねぇけど、見当はつくってか?」
 え、とアルトがヤマトを見れば、彼はにやにやと笑いながらごろりとベッドの上で転がった。
「それ、本当か?」
「無料じゃ教えてやれねぇけど」
「そのくらいの情報、大したことじゃねぇだろっ」
「じゃ、俺から聞く必要もねぇよな」
 ヤマトの言い分に、アルトは言葉に詰まる。
 確かにわざわざ何か支払ってまで訊くようなことではない。が、皆分かっているようなのに自分だけ分からないというのも、なんだか気分が悪い。
「仕方ねぇ、今日はこの部屋でくつろぐことを許可してやるよ」
「はぁ? それ、いつものことじゃんか」
「勝手にいつものことにすんなっ」
 半ば脅迫するように押し迫れば、ヤマトはようやく、面倒くさそうに口を開いた。
「多分それ、あいつの患者の」
「……はあ?」
「だから、患者のだよ。患者は大事だろ?」
「大事だな」

 一瞬の沈黙。

「普通に患者のって言えばいいだろっ!?」


2011/3/4


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画