30分小説「財布・春・メモ」

「……あ、財布忘れた」
 道の半ばではたとアルトは立ち止まる。ヤマトはそのまま数歩歩き続け、ようやくめんどくさそうに立ち止まって振り返った。
「戻るのか? めんどくせぇ」
「仕方ないだろ、買い物メモが財布の中なんだ」
「んなメモなんかいらねぇよ。適当に買って帰ろうぜ」
「んなことできるかよ。第一何が書いてあったかなんて覚えてねぇし」
 ちょっと取ってくる、と走り出すアルトを、ヤマトははいはいと見送った。当然、彼に一緒にいく気などない。

「……お待た、せ」
 ぜえぜえと息を切らせながら現れた彼に、のんびりタバコをふかしていたヤマトは、「遅かったな」と軽く手を上げる。
「じゃ、さっさと行くぞ」
「待てよ、ちょっと休憩……」
「いや、俺には必要ねぇな」
 爽やかな笑顔で言いきる彼を、アルトはにらみつけた。
「それで、買い物メモはあったのか?」
「あぁ……たぶん」
「たぶん?」
 なんだそりゃと言うヤマトの前で、アルトは自分の財布を取り出した。
「そこまで確認してきてねぇ」
「おいおい。入ってなかったら、また取りに行くのか?」
「うぐ……それはさすがに面倒だな」
 言いながら、彼は「ほら入ってた」と一枚の紙を取り出す。ヤマトは差し出されたそれを覗き込んだ。
「えー、なになに、白菜・たまねぎ・白ねぎ・しいたけ……? ホントにこれでメモあってるのかよ」
「は? なんでだよ」
 問われたアルトも、そのメモを覗き込む。特に妙なものはリストアップされていないような気がするのだが、何が問題なのだろうか。
「だってこれ、明らかに鍋の材料じゃねぇか。この時期になってまだ鍋かよ」
「んなこと言うなよ。たしかに結構暖かくなってきたけどな、それでもまだ夜は冷えるだろ。昨日の夜だって寒い寒い言ってたじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれ。なんてか、気温が寒いってよりも、人肌が恋しい?」
 さらりと告げるヤマトに、うげとアルトは思わず後退する。そんな彼の素直な反応に、にやにやとヤマトは楽しげに笑うばかりであった。
「とーにーかーく、メニューに文句つけんなっ。もしかしたら違うメニューかもしんねぇんだし、このリスト通りに買い込んで帰るからなっ」
 へーへーとやる気なく返事するヤマトに、アルトは宣言する。
「今日こそはお前が荷物持てよっ」
「じゃ、今日もじゃんけんすっか」
「しねぇ。絶対しねぇっ」
「あれぇ、ヤマト君にアルト君。買出しに来たのかな?」
 へらりとした声に二人が振り向けば、そこにはクレマン。どうやら彼は街中で買い物をしていたらしい。
「あぁ。ちょっとそこの市場まで」
「うん、それとじゃんけんの関係って?」
 痛いところを突かれたと、アルトの表情が歪む。
「別に何でもねぇよっ」
「今日もじゃんけんでどっちが荷物持つか決めようって話」
「あぁ、なるほど」
 へらりとした笑顔で、彼はうなずく。一体ヤマトの台詞だけでどこまで読み取ったのか。なんだかアルトがじゃんけんに弱い、という辺りまで読み取られていそうで怖い。
「だからいつもアルト君が荷物持って帰ってくるんだねぇ」
「……なんならお前も一緒に来るか? じゃんけんするか?」
「いやぁ、やめておいたほうがいいんじゃないかな」
 それじゃ、と彼は笑顔でギルドへと帰っていく。
 「やめてほうがいい」という彼の助言。それは何を意味するのか。
「どうせじゃんけん弱いよ俺は、悪かったなっ!!」


2011/3/4


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画