30分小説「星々・大樹」

「ジャン君、ジャン君、『星』、持ってないかなぁ?」
 酒場のカウンターからひょっこりと頭を覗かせて、ロベリアが言う。
「はぁ? 星なんか持ってるわけないだろ。大体あれは人の所有物じゃないし」
「あ、なんか勘違いしてるなー、おねーさん悲しいよ?」
 小首をかしげられても、悲しいなどと言われても、ジャンには彼女が一体何の話をしているのか皆目検討もつかず、ただ顔を顰めるばかり。
 「星」という隠語でもあっただろうかと、助けを求めてジャンはキールを見た。
 彼は優雅な手つきで、いつもと同じようにマニュアルを取り出す。
「1夜空に光って見える天体 2光り輝くもののたとえ 3星の形を象った図形 4目当て 5犯罪容疑者」
 読み上げて、キールは視線をあげる。どうやら続きはないらしく、ジャンはさらに顔を顰めた。
「お前の言う『星』ってどれのことだよ」
「どれでもないよー。ジャン君なら知ってると思ったんだけどなぁ。ほら、星々だよ、大樹の」
 大樹の星々、と口の中で反復し、「ああ!」とジャンはぽんと手を打つ。
「最近の樹は星をつけるようになったのか?」
 真面目な顔で聞いてくるキールに、彼は思わず吹き出した。
「違う違う、ただの比喩表現だ。あれだよな、大樹がつける青白い実! 下から見るとなんだか星みたいに見える、あれ」
「そうそう、それ」
「最初から『大樹の星々』って言えよな……。で、なんでまたそんなものを欲しがるんだよ」
 通じると思ったんだけどなぁと、彼女はぺろりと舌を出した。
 そんなものがあるのかと、キールは再びマニュアルのページを捲る。
「香辛料にもなると言う、これか。毒性はないぞ?」
「おねーさんは植物学者だよ? 毒にしか興味がないわけじゃないからね?」
 釘を刺すように言うロベリアに、それは嘘だろうと呟いたジャンが彼女ににっこりと笑いかけられ、思わず視線を彷徨わせた。
「とある子のねぇ、薬の調合を頼まれたんだよ。『大樹の星々』には薬効もないわけだけど、別の薬の効きを良くするんだよねぇ、あれ。それでジャン君がもし持ってたらーって思ったんだけど、無理だったか」
「珍しいものなのか?」
「まぁな。普通に市場に出回ってないくらいには。残念だが俺もそんなに使うわけじゃないからなぁ……」
 よしじゃあ、とロベリアは指を立てて言い放つ。
「今から採りに行こう」
「承知した」
 どういう訳か乗気で、既に席を立っている二人に、思わずジャンは突っ込まずにはいられない。
「待て、どこをどうしたらそうなるんだよ、おい」


2011/1/8


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画