30分小説「鍋」

「ジャン、お前もたまにはクエスト来いよ。んなに時間かかんねぇ奴だからさ、三時くらいには戻ってこれると思うけど」
 アルトに誘われ、ジャンはえーっとと思考を巡らす。
 今日は特に用事もない。夕食も時間のかかりそうなメニューにする予定もないし大丈夫だろうとジャンは結論づけた。
「んじゃちょっと待っててな、今から準備すっから」
 言って彼は屈み込む。カウンタの下には彼愛用の鉄鍋と包丁がある……はずだった。
「ない? ない、ない!?」
「ん? 何がないんだよ」
「俺の鍋と包丁だよ、お前も知ってるだろ、いつもクエストに持参してる奴!」
 あぁあれか、とアルトは納得する。
「で、それが何でないんだ? どっか別の場所にしまったとか、どっかに置き忘れたとか?」
「他に置き場所なんてねぇっての!」
「それもそうか」
 どこに行った、とあちこちをきょろきょろ探し回るジャンの姿に、アルトは思わず吹き出す。
「他人事だと思って笑いやがってーーーっ!」
「あー、いや、ちゃんとどこに行ったか考えてるっての。もしかしたら誰かが持ち去ったのかもなー……」
 本気で締められそうになるのを避けながら、彼は適当なことを言ってみる。が、適当な思いつきだったにも関わらずかなりの確率で有り得てしまうことに気付いた。
 そしてそんなことをやるとすれば。
『またあいつかーっ!!』
 苦労性二人の声が見事にハモった。

 場所は変わってギルド二階。
「おい、そんな大きな鍋が必要なのか?」
「必要だよー、植物から抽出しようと思ったら、かなりの嵩が必要だからねー」
 興味も無さそうに声だけかけてくるヤマトに、ロベリアがへらりとした笑みと答えを返す。横でロベリアのやることなすことをじっと眺めていたリアは、こくこくと無言で頷いた。
「こっちで熱かけてー、蒸気をあっちで集めてー、冷やしてー」
 ロベリアの解説に、リアは再びこくこくと頷く。メモまで取りそうな勢いである。そして何を思ったのか、彼女はヤマトを見上げた。
「興味ないならどこか行かれても構わないんですよ?」
「ん? いやぁ、なんかおもしろいことになりそうだし?」
 彼のにやりとした笑いと共に、どたばたとした足音が聞こえてくる。
「リアっ!」
「部屋にはいないみたいだぞっ!?」
「じゃあこっちか……っ!」
 ばたん。
 ノックもなしにロベリアの部屋の扉が開かれる。
「あれぇ、二人ともそんなにおねーさんの実験が気になるのかな?」
「そんなに勢い良く扉を開けるだなんて、その反動で火が床に燃え移ったらどうされるおつもりですか。大惨事になりますよ?」
 ロベリアとリアの笑顔に、入り口まで来た二人は立ち尽くす。
 やっぱ面白いことになったぜと、ヤマトが密かにほくそ笑んだことに誰一人として気付かない。
「い、いやそれは悪かったな」
「わわ悪かったけどけど、けど! あんたらその鍋……!?」
 すごすごと引き下がろうとしたアルトの横で、蒼白な顔をしたジャンがロベリアの実験に使われている大鍋を指差した。
「ん? あぁ、これ?」
「そうだよ、その鍋どっから……!」
 ジャンに問われ、ロベリアとリアは顔を見合わせると、二人同時にヤマトを見上げた。
 一瞬ヤマトの顔がげっと引きつる。
「俺は……」
「大鍋が欲しいって言ったら」
「ヤマトさんが持ってきたんですよ。どこからか」
 言い訳の間もなく二人から証言されては、敵わない。なんのことかな、という爽やかな笑みを残し、ヤマトは「それじゃ」と窓の外にその身を踊らせた。
「逃げんじゃねぇっ!!」
 二階から飛び降りるだなんて芸当はジャンにできるはずもない。怒りに取り乱しているとはいえその位はまだ把握しているらしく、ジャンは廊下を走っていった。
 そんな二人を見送って、ロベリアがぺろりと舌を出す。
「やっぱりジャン君のだったかぁ」
「……お前な、それ分かっててやってたのかよ」
「当然でしょう? お鍋なんて持っているのはマスターかジャンさんくらいですし、マスターのお鍋を勝手に持ってくるだなんて思えませんから」


2010/10/31


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画