30分小説「かぜ」

 くしゅん。
 扉の外から聞こえた誰かのくしゃみに、アルトははっと顔を上げた。
 ついクレマンの所に入り浸って話し込んでしまったが――そんな自分のせいで誰かを外で待たせてしまっているのではないだろうか。
「おい、今日誰か来る予定とかあるのか?」
「それは、『今日誰か具合悪くなる予定があるのか』って聞いてるのと同じだよ、アルト君」
 にこやかにさとされて、それもそうかと納得する。
「って、納得してるんじゃねぇ、俺。そこ、誰かいるのか?」
 問いかけながら扉を開けば、金髪の少女。
 一瞬誰か分からなかったのは、彼女が普段のTシャツ姿ではなく、珍しく上着なんていうものを羽織っているから。
「リア? どうしたんだよ、風邪か?」
「なんでアルトさんなんかがここにいらっしゃるんですか。私はクレマンさんに用があるんです、どいてください」
 いつも以上に刺々しい言葉。それは恐らく、機嫌が悪いのではなくて具合が悪いから。
「お前な、そういうことはさっさと言えよっ。俺の用事なんてどうでもいいんだし、お前の体調の方がよっぽど重要だろ!?」
「だったら」
 冷たく言い放たれ、アルトは思わず道を譲った。
「あー、ちょっと熱があるかなー? でもこのくらいなら水分補給をしっかりして、栄養摂って休んでれば2、3日では治るよ。それとも薬かなんか必要?」
「いえ、大したことがないならいいんです」
 ありがとうございました、と言い残してあっさりと立ち去る彼女の背を、アルトは追いかける。
「だからいつも言ってるだろ? もう少し着込めって。なんだ、夜中寒かったのか? 今ジャンに言って温かいスープでも作ってもらうから、お前はちゃんと寝てろよ?」
「……だから今日は少し着込んでるじゃないですか。そんなこと言われなくたって分かってますよ」
「だったら何で……」
 彼の言葉を遮るように、彼女はぱたりと扉を閉めた。
 何となく拒絶されたような気にもなるが、それはそれ。とりあえず今は約束通りジャンにおいしいものでも作ってもらおうと、彼は階下に降りる。
「おい、ジャン。スープかなんか作ってくれねぇか? リアが風邪ひいたみたいでさ」
「めっずらしいな、あいつが風邪? 明日は吹雪か?」
「いやさすがにそれはねぇだろ」
 そうだなぁと言いながら次々に食材を引っ張り出すジャンを見ながら、アルトはカウンターに腰掛けた。考えることはやはり――何故リアが風邪をひいたか、だ。
「昨日の夜はそんなに寒くなかったしなぁ……。やっぱりあいつ、薄着すぎるんじゃないのか? いつもいつも思うんだけど」
「でもそれだけでリアが体調崩すなんて知らんぞ。……そういや昨日はあんたらクエストに行ってたんじゃなかったか?」
「あー、あれな。モンスターの足払いには苦戦させられたよ、本当。リアの固定化があれ程便利なもんだと思ったことはないね。ただリアには悪いことを……」
 アルトの言葉がぴたりと止まったのに、不思議そうな表情でジャンが顔を上げる。
「どうかしたか? あんたも風邪ひいたなんて言うなよ?」
「……後で謝ってくる」
「はぁ?」
 怪訝なジャンの顔に、アルトは苦笑いしか返せない。
「いや……昨日さ、あのモンスターの足払いにやられてリアの奴、思いっきり水の中に落ちてんだよ。多分だけど――それが、原因だな」


2010/10/2


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画