30分小説「ゆるい」
はためく黒いフードの下で、唇がそっと動く。
「…………」
言葉に先導されるように、赤と緑の光が――
「クロイーっ!!」
赤い炎が消え去った後、その場に残されたのは球状の淡い光。その中から叫ぶのは、青い僧侶。
「お前本気出しただろ、この火力! ただの訓練だって言ってたの聞いてなかったのかっ!?」
「聞いていた」
「だったら何で……」
光が消えると疲れたように地面に座り込んだアルトの前に、クロイはひらりと降りたった。
「本気を出さなければ詰まらないだろう?」
「詰まらないって、そういう問題かよ……。お前らもなんか言ってやれって……おい」
アルトの防御魔法によって庇われたヤマトとキールは、疲れたとか何とか言いながら、既に帰路につこうとしている。突っ込む気力もなくアルトが溜息をつけば、ヤマトがくるりと振り返った。
「魔法使い相手に剣士が敵うわけないだろ。クロイが本気出そうと出さなかろうと、結果は変わんなかったってこと。さっさと帰ってジャンにでも旨いもん作ってもらおーぜ」
「おい待てよ。敵わないけど実戦経験はあった方がいいとかなんとか言ってなかったか、お前。だからクロイにわざわざ付き合って貰ったんじゃねぇかよ」
「今の所、魔法に剣で対抗する為には、先手必勝とされている」
マニュアルを読み上げたキールに、アルトはがっくりと肩を落とした。
「んなこた分かってるよ。……で?」
「で、とは?」
真顔で問い返され、もういいと返し、立ち上がる。
「付き合わせて悪かったな、クロイ」
「ふん、こんなのは手間にも入らない」
「それは良かった次もよろしく」
爽やかな笑顔で言い切って、ヤマトは踵を返す。が、何を思ったのか再度アルトとクロイに向き直った。
「そういや、魔法発動する時何か言っただろ。何て言ったんだ? リアみたいに言葉が発動のキーになってるわけじゃねぇんだろ?」
「別に。そんなものを気にするくらいなら、戦略を立てるなり素早さを上げるなりなんなりするんだな。――お前らは、ゆるすぎるんだ」
吐き捨てるように囁いて、クロイは脇目も振らずに歩き出す。
ワンテンポ遅れて、ヤマトは笑い出した。
「何を笑っている?」
「いいや、あいつってばやっぱどっか律儀だなぁって思っただけだよ」
からからと笑い続けるヤマトに、キールは再び首を傾げた。
「キール。あんまし悩むな」
「だが……」
「『お前らはゆるすぎる』。それが、ヤマトの問いに対する答えだったんだろ、多分だけどな」
足早に去っていくクロイと、散歩するような軽い歩調で去っていくヤマトの二人の背を見送りながら、アルトは呟いた。
「クエスト中じゃないんだし、もう少しゆるくてもいいと俺は思うんだけどな……」
2010/9/26
夢裏徨「月影草」
ものかきギルド企画