青いリボンをかける先


「ごちそーさん。今日もうまかったよ、あんがとな!」
 そう声をかけて自室に上がり。部屋に入れば何やら黒い物体がベッドの上に転がっている光景に、最早見慣れてしまった己が悲しい。
「お・ま・え・はーっ! 早々二階に引き上げたと思ったら、こーいうことかよっ!?」
「ここからはオトナの時間を楽しまなきゃソンソン」
「楽しみたきゃどっか他所に行けーっ!」
「アルト君、そんなに大声を出したら近所迷惑だろう」
「真面目な顔して真面目なこと言ってんじゃねぇっ。んな大声出させてんのは誰だと思ってんだっ! いーから出てけっ!」  アルトが迫ってびしりとドアを指差しても、その黒い物体、否ヤマトはにやにやと笑うだけである。
「そーいやさぁ、お前知ってる?」
「知らねぇよ」
「いやん、アルト君ってば冷たぁい。……ここんとこさ、リアが神妙な顔して出かけてくんだ。ありゃなんか悩み事でもあるんじゃね?」
 嘘か本当か、相変わらずにやにや笑っているヤマトの表情からは読み取れない。が、そんなことは本人に訊くまでだ。
「それ本当か!? 今どこだ!?」
「さぁな。クエストに出てねぇことは確か」
「ギルドには!?」
「んー、朝出かけたっきり戻ってねぇんじゃね?」
「探しに行く! そしてお前はさっさと自室に戻れ!」
 いってらーと面倒くさそうにひらひらと手を振るだけのヤマトを取りあえず放置し、アルトはコートだけを掴むとウィンドベルの街に繰り出した。
 そんなアルトを見て、ヤマトはひゅうと口笛を鳴らす。
「おアツいねぇ」

***

 街中にぶら下がる赤いハートのデコレーション。菓子屋を覗けばハート形のチョコレートが並び、雑貨店にも赤を基調としたペアグッズが溢れかえる。
 そんなバレンタイングッズの一つである。赤いハートを抱いたテディベアを陳列棚からそっと持ち上げて、リアはため息を一つついた。
 こうして街に繰り出すのは何度目になるのか。プレゼントを選びに来ては結局決めれずにそのまま帰ることを繰り返し、今日になってしまった。当日は明日に迫ってきていて、もう時間がない。
 他のメンバーには、今年はまとめて数種の酒を差し入れようと思っているし、既にラッピングまでして部屋に隠してある。しかし——その人数に入れなかった人が一人だけ、いるのだ。
「義理です。義理なんですから、どうして私がここまで悩まなければならないんですか」
 口を尖らせて小さく漏らした呟きに、周囲にいた数人が小さく微笑んだのを、彼女は知らない。

 数軒の雑貨屋を覗き、彼に赤は似合わないと結論付け。
 目に留まった花屋に、花を贈る習慣もあることを思い出し。しかし花を贈るだなんて仰々しいと打ち消した。
 やはり毎年のごとくチョコレートにしておくのが無難だろうかと、菓子屋のショーウィンドウを覗き込む。定番のトリュフや生チョコから、華やかな装飾の施された季節限定品までよりどりみどりで、何にしたらいいのかやはり迷ってリアは店を離れた。
 結局街中をぐるりと一周し、最初の地点である市場前まで戻ってきてしまったことに小さくため息を吐く。
「お嬢ちゃん、悩み事? なら甘い物はどうだ、味見だけでもいいからさ」
「いえ……」
 すぐ近くの露天商に怪しいノリで声をかけられ、リアは反射的に拒否しようとしたが、見れば積まれているのは焼き菓子。シンプルなバターケーキにも見えるが、間には白いクリームが挟まり層をなしている。
「……そうですね、じゃあ、味見だけさせていてだきます」
 差し出された皿の上から切り分けられた欠片を一つ、口に入れた。途端、さらりと溶ける優しい甘みが口の中に広がり、ふわりとラム酒が香る。
「……!」
「気に入った?」
 にこりと笑うその顔が、リアの反応でお見通しだと告げている。恥ずかしさに憎まれ口を叩きたくなるのをぐっとこらえ、リアはポケットの中の財布に手を伸ばした。
「……包んでください、一つ」
「プレゼント用な、毎度あり」
 袋に入れられた、リボンのかかったその箱を確認し、リアはほっと胸を撫で下ろした。

 ***

「リアっ! どこ行ってたんだ」
「はい?」
 あれから大分走り回ってみたがリアを見つけることが出来ず、ギルドの近くまで戻ってきた所でようやく、見覚えのある金髪に鉢合わせた。話を聞くまでは逃がすまいと、がしりと物理的に捕まえる。
「街中までちょっと出かけるのにもあなたの許可が必要なんですか? そういうのは自分のお子さんにでもやってください」
「いねぇよっ! 子供なんかっ」
「だからって他人を身代わりにするのはいただけませんねぇ」
「そんなんどうでもいいっ! だからお前、大丈夫なのかよ」
「いつもながら話が見えませんね。それともあなたには、私のどこかがおかしいようにでも見えるんですか?」
 いつもながらの毒舌にうぐと押し黙ったアルトは心持ち下がり、真剣な表情で問う。
「本当に、大丈夫なんだな? ヤマトが、なんかお前が悩んでんじゃねぇかとかなんとか……あいつ、あぁいうのだけ鼻が利くっていうかさ、良く当たるから」
「からかわれたんじゃないですか? また」
「またとか言うなっ! ……でもそっか。ならいいんだ」
 良かった、と安堵の笑みを浮かべたアルトに、リアは手にしていた袋をちょっと掲げてみせた。
「ん? なんだ、それ?」
「あげます」
「え?」
 戸惑うアルトが拒絶する前に、ということなのか、リアはさっさと袋を押し付けて手を引く。
「ご心配いただいたようなので、そのお礼とでも思ってください」
「え、でもお前、これ、誰かに渡す予定だったんじゃ……」
 ちらりと見えた袋の中にはリボンがかけられた箱が入っているらしい。アルトが顔を青くしてリアに返そうとするが、リアは応じない。
「貰ってくださらないんですか?」
「も、貰います。ありがとうございます」
 リアの気迫に押されたアルトは、どこかぎこちなく改まった声音で礼を告げる。どういたしまして、と告げるリアは、心なし軽い足取りでギルドへと再び歩き出す。
「一日早いですけど、構わないですよね?」
「……一日って、明日?」
 アルトに聞かせるつもりはなかっただろうリアの小さな呟きに、アルトは足を止めて小さく首を傾げた。
 明日は、2月14日。
 もしや、彼女が悩んでいたのは。
「……!」
 まさかとは思いつつも赤面した顔を隠すようにアルトは伏せる。
「アルトさん、あんまり寒い中突っ立っていると明日は風邪ひきますよ?」
「いい行く、今行くから!」
 早足でリアを追いかけるアルトの手の中で、今手渡されたばかりの袋が、確かな重みを彼に伝えていた。







<言い訳>

遅ればせながら、バレンタインおめでとうございました…。そしてなんだかひねりもなくいつも通りで申し訳ないです…orz
ともあれ、ヤマト君とアルト君をお借りしました、ありがとうございました!

何か問題がありましたら、ご連絡くださいませ。



夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画