『残念』って言うな!

 リアが防御のための固定化魔法を、アルトが攻撃のための強化魔法をそれぞれヤマトとキールにかけ、二人を突っ込ませたのは僅か数分前のこと。
 討伐依頼の出された魔物は抵抗を見せたものの、リーチェルートの魔法に、二人の剣に、最終的には追いつめられた。その亡骸は彼らの足下に。ぴくりとも動かない。
 リーチェルートの炎がそれを嘗め尽くし、ひとかけらも残さず灰にしていく。
「……これだけ?」
 実にあっさりと終了したクエストに、思わずアルトは呟かずにはいられなかった。

 長期間、度々村に下りてきては荒らしていくという魔物の討伐依頼を受けたのが、一週間前のこと。
 二日間の準備期間で得られた情報によると、知能も高く、毒を持つというその魔物は大分厄介なようであった。
 だから、アルト・リアという防御の専門に、キール・ヤマトという前衛二人、長距離攻撃にはリーチェルート、それに毒の専門としてロベリアまで連れる、念には念をいれた大所帯で依頼を引き受けたのだ。
 一昨日、目的の村に入り、昨日からはその魔物の住処を探すために山に入った。意外とすぐに見つかった魔物が、これだ。一応歯向かっては来たが、それだけ。彼らは一匹狼なのか、仲間を呼んだ気配もない。
 これだけ時間をかけ、労力をかけて準備したというのに、全てが徒労だったのではと思わせる程呆気ない最後は、逆に後味が悪い。
「んー、特に周囲の解毒の必要もなさそうだし、これだけじゃないのかなー」
「おや、まだクエストを続けたいと言われるのならば、お一人でどうぞ」
「ついでに事後処理よろしく」
「早く片付いて良かったではないか! ところでここの名産は何だったかの」
 それぞれが勝手なことを口々に告げて、万が一魔物が毒を霧状にばらまいた時の為の防御策としてつけていたマスクを外す。山を下りていこうとする彼らを呆然と見つめたまま、アルトは動けない。
「こんなにあっさりと終わってしまって、残念でしたか?」
「違うっ。違う、けど……っ!」
「あまりにあっさりとしすぎている。それは俺も思う」
 鋭い視線で未だ周囲を睨みつけているキールの声に、アルトはようやくほっとした。この何か分からない焦燥間を、わだかまりを、感じているのが自分以外にもいるのだと。
「そういうことだから、あんまり気ぃ抜くなよ、お前ら」
 はいはい、だの、うんうん、だのと軽く返事をしてくる彼らが本当にアルトの言葉を理解しているかは、非常に疑わしい。
 雨が、降りそうだった。

 結論を述べれば、彼らは何事もなく下山し、依頼してきた村に無事辿り着けたのだ。が。

「……何があったのじゃ、これは」
 依頼達成との喜ばしい報告を胸に、意気揚々と下山したリーチェルートが、言葉を漏らす。それは、他のメンバーも思った、そして音にすら出来なかった言葉。
 倒壊した家々。
 何かが引きずられたような跡。
 まるで山側から村を横断する道を強引に作ったかのように、彼らの前は開けていた。
 理解できない。否、理解したくない。
 彼らがいなかった昨日・今日、二日間の間に何があったのか、少なくとも何かがあったのは一目瞭然で。
「うっそだろ……っ!?」
 遠くから派遣されてきた彼らを、やいのやいの騒ぎながら取り囲んだ子供たちがいた。
 丁寧にもてなしてくれた、大人たちがいた。
 貧しいながらも幸せそうに、お腹の子をそっと撫でる女性がいた。
 木材を肩に担ぎながら、朗らかに笑う男たちがいた。
 そんな、過疎化が進んでいても穏やかな日々を過ごしていた村の面影が、失われていた。
「嘘だろっ!?」
「アルト君!」
「固定化します」
 一言叫んで村へと走り出そうとした彼を、問答無用で止める声があった。
「本当に悪い癖というものはなおらないものですね、アルトさん」
 リアの声は氷よりも冷たく、静寂の中に静かに響いた。
「お前は、さっさと解除しろよっ! まだ生きてる人がいるかもしれねぇだろ!? 急げばまだ間に合うかもしれねぇだろ!? ここで無駄な時間を使ってる内に、死者が増えるかもしれねぇんだぞっ!」
「無駄な時間ですか。そう言って死に急ぐとは、あなたも趣味が悪いですね」
「誰も助けに行くなと言っているわけじゃない。少し落ち着け」
「ちょっと待ってねー、アルト君。こんな時のために用意してきたものがあるんだけどー、あれぇ、どこだろ?」
 のんびりとしたロベリアの声と、彼女が立てるがさごそという物音に、アルトは唯一動く首を回して彼女がなにをやっているのかを確認する。何やら探しているようで、鞄の中から取り出した紙包みや瓶を無造作に地面に並べ始めた。
「お前の鞄の中って、色んなもんが入ってんだな」
「それは何じゃ?」
 興味津々で手を伸ばそうとしたヤマトとリーチェルートに、ロベリアはへろりとした笑みを見せた。
「あは、下手に触るとお花畑が見えるかも」
 二人が即座に手を引っ込めたのは、言うまでもない。
 普段ならばそこに混ざっていたであろうリアは、アルトの目の前に立っていた。未だ、彼女がかけた固定化魔法が解かれる気配はない。
「子供の言うことなど覚えていられませんか? 似たようなことを何度も言っているはずだというのに、私もなめられたものです。
 他人を確実に助けようと思うのならば、自分は安全な所にいなければなりませんよね? そんな簡単なことも分からないとは言わせませんよ」
「だけどっ!」
「はーい、皆これ持ってね」
 アルトが反論する前に立ち上がったロベリアが、各人に霧吹きを渡していく。
「一つ。村の中じゃ、マスクは外さないことー。二つ。植物が枯れてたり動物が死んでるのを見かけたら、これを周囲に振りまいてくることー。それだけは守ってねー」
「解毒剤かの?」
「正解」
「一見、魔物の気配は感じられない。恐らく、荒らすだけ荒らして去った後なんだろう。だが、まだどこかに隠れている可能性もある。まあ、とりあえずは村の現状把握が最優先だろう」
 キールが再びマスクを装着しながら言う。
「生存者がいた場合を考えると、毒に汚染されてない建物を確保したいかなー」
「じゃー、左」
 人の話を聞いているのかいないのか、恐らく八割方後者であろうヤマトが、突然方向を宣言した。
「左に何かあるのかよ」
「いーや、なんとなく」
「なんとなくかよっ」
「良いではないか。早速行動開始じゃの」
 リーチェルートの言葉に、ようやくアルトも行動を許された。

 冷たい雨が降り出した中、一つの建物に暖かな明かりがついているのが見えた。
 恐らく村の集会場であろう広い建物は破壊を免れ、更には毒による汚染も少ないようであった。何が良かったかというと、それは場所と風向きに他ならない。
 そしてそこには、驚くことに村人たちが集っていた。
「あんたたち! 無事だったのかい!?」
「てっきりあんたらは駄目だったかと思ったが、無事で良かった!」
 口々にかけられる、安堵の言葉。
 彼らの期待に応えることができなかった彼らは不甲斐なさに唇を噛み、申し訳なさに眼を伏せた。
「一体、何があったのじゃ?」
「あんたらが出て行った後、魔物の大群が村に押し寄せてきたんだよ。幸い、奴らが来る前に大概の奴は逃げ出せた。だから、ここにいる」
 まさか、と六人は顔を見合わせた。呆気なく終わったと思ったのは当然。魔物は一匹だけをその場に囮として残し、他は逃げ出した後だったのだから。
 知能が高いとは聞いていたが、そんなことをするとは思わなかった。それが、今回の失策だ。
「全員じゃ、ないのか?」
 キールの言葉に、数人がはっと顔を上げ、数人が眼を逸らした。
「うちの子が……うちの子が、いないんです。見つからないんです。探して、もらえませんか?」
「無茶を言うのはおよしよ。あの大群じゃ……」
 躊躇いながら細い声で告げられた嘆願を、別の女性が一蹴する。
 「生きているかどうかも分からない」。それが、彼女が飲み込んだ言葉であろう。
「いいよ、探してやるよ。特徴は? 最後に見たのは?」
 今にも泣き出しそうな若い母親に手を差し伸べたのは、アルト。他メンバーが何か言うかと思いきや、誰も彼を止めなかった。
 全員が、この失敗に罪悪感を感じていた。
 そして程なくして、彼らは再び村の中を走り出す。生存しているかもしれない、少年の姿を探して。

「いたぞ、ここだ! おい、聞こえるか!」
「まずは瓦礫をどけよう」
「あー、意外と無事っぽい?」
「ですが、顔色が」
「おねーさんにまっかせなさーい」
「頑張るのじゃ! 頑張って生きるのじゃ!」

 行方知れずとなっていた少年は、瓦礫の下で意識なく倒れているところを発見された。
 幸運なことに怪我はどれも浅く、けれど不運なことに彼は毒を吸い込んだらしく、顔面は蒼白で息も浅かった。
 彼は短剣を、その右手にしっかりと握っていた。


 降り続いた雨もやみ、久しぶりに青い空が見えた日のこと。
 ロベリアの解毒剤はその効力を見事発揮し、土地は新たな命が芽吹くのをただ待っていた。
 危ぶまれた魔物が戻ってくる気配もなく、今度こそクエストは完了である。けれど、彼らがギルドに帰還するには、一つ、心残りがあった。
「今日も外を見ておるのか」
「別に。他にやれることもないし」
 彼、マレックの存在である。
 親しげに話しかけたリーチェルートに素っ気なく返した彼は、毒の影響をもろにうけてしまった。一時的に呼吸困難に陥った彼だが、大分安定してきている。しかし、ひとたび運動を始めればすぐに心臓が音をあげる。今はまだ、座っているのがやっとだ。
「皆で野菜ジュースを作ったのじゃ! ほれ、飲んでみるのじゃ」
「いらない」
「何故じゃ? どうして何も口にしようとせんのじゃ。食べなければ治るものも治らんぞ?」
 冷たく冷やされたグラスを差し出してくる彼女から、彼は顔をそらす。そして、わざとらしくため息をついてみせた。
「もうどうでもいい。だって治らないんでしょ、どうせ?
 君たちにはさぁ、皆がどれだけ期待していたか知ってる? それなのに君たちってば全部踏みにじって役にも立たなかったくせに、今もまだここで何やってんの? 罪滅ぼしのつもり? もういいよ、早く帰れば?」
 残念だなぁと彼はため息のように零す。
「僕もいつかはギルドに所属してみたいとか思ってたけどさ、君たち見てるともういいや。どうせ走れるようにはならないんでしょ? なんていうかさ——残念」
 遠くを見つめている彼の瞳が実際に映しているものはなんだろう。得ることの出来なかった未来か、夢を潰された故の絶望か。
 残念だと言うのは、彼らのことか、彼自身のことか。
「……どうしてじゃ」
 リーチェルートは悔しげな表情で、ようやくそれだけを呟いた。
「どうしてそんなことを言うのじゃっ!」
「どうしてって、残念なものを残念って言って何が悪いの?」
「悪いに決まってんだろっ!?」
 二人しかいなかった部屋に乱入したのは、青い髪と白いローブがトレードマークの僧侶、アルト。
 彼の後ろにはヤマトが続き、リーチェルートを見ては肩をすくめた。どうやらヤマトはアルトを一応止めようとしたらしい。やる気なく、ではあろうが。
「そんなに残念残念連呼してんじゃねぇよっ! 何そんなに諦めてんだよ、最初から捨ててんだよっ! 未来なんか誰にもわかんねぇんだよ。生きてるんだ、お前は生きてるんだよっ。なら、なら……」
「じゃあ訊くけど、立てもしない歩けもしない僕に何ができる? また元通りになるだなんて高望みはしないよ、僕は」
 ぎりっとアルトが奥歯を噛み締めるのが見えた。
 重苦しい沈黙。
 何を言ってもマレックは拒絶するだろうと思うと、リーチェルートにも声が出せなかった。
「ほー、そんなんが高望みか。低いな」
 ヤマトの呑気な声が、やたらと響いた。驚いたアルトが振り向けば、彼は言葉で、視線で、その態度で、マレックを挑発していた。
「黙れっ。どうせ僕の気持ちなんてわからないんだっ」
「そりゃ無理だな。人間理解し合えるだなんて幻想だろ」
「黙れったら黙れっ! お前らなんか、どうせ……っ!」
 ばしりと乾いた音が部屋に響き、静寂に包まれる。
 叩いたのはアルト。叩かれたのはマレック。
「馬鹿にすんな。俺たちがどれだけの想いを抱えてあのギルドに辿り着いたのか。どれだけ苦労して今この場にいるのか、知りもしないお前に全否定されたかねぇよっ! 確かに、確かに残念な結果にはなったかもしんねぇけど、けど……っ」
「まぁ、落ち着くのじゃ、アルト。そんなに病人を責めるでない」
 リーチェルートに言われ、アルトは唇を噛み締めて叫びたいのを堪え、眼を伏せる。
「……お前さ、どうしてあそこにいた? どうして短剣なんか握ってた? あの魔物を、一人で退治できるなんて思ってたんじゃねぇだろうな?」
 暫く黙っていたマレックだが、最後には観念したように口を開いた。
「魔物の一匹二匹、僕にも斬れると思ったんだ。だけど、だけど……っ!」
 死んでいた少年の瞳から、ようやく一筋の涙が零れた。無力な自分を突きつけられ、彼はそう、ただ八つ当たりしていただけなのだ。
「だったら『残念』って言うな。そういう時は、『悔しい』って言うんだよ」
 泣きながら彼はただ、こくこくと頷いた。



「残念じゃったのぅ。山の幸をたくさん食べれるかと思っておったのに」
「残念だったねー。珍しい植物とか、たくさんあったらしいのにー」
「残念だったな。幻の地酒があるとか聞いてたんだけど」
「残念でしたね。早く帰れなくて」
「……お前ら」
 アルトに対する嫌がらせなのか何なのか、四人がそれぞれ「残念」と連呼する。まだ何も言っていないキールが口を開こうとするのを見て、アルトは先手必勝と言わんばかりにびしりと指を突きつけた。
「キール、お前まで残念なんて言うんじゃねぇぞ!?」
「……残念と言うべき場面だったのか。了解した。次は善処する」
「えぇい、しなくていいっ!」
 どうやら、墓穴だったらしい。
「一人。守れなくて残念でしたね、アルトさん」
「だーかーらーっ!」
「おや、残念じゃなかったんですか?」
「アルト君は残念だったに決まってるよねー」
「決めつけてんじゃねぇよっ。っつーかお前ら」
 すぅっと彼は大きく息を吸う。
「『残念』って言うな!」




<言い訳>
タイトルあみだ企画で、寺音さんが提案されたタイトル「『残念』って言うな!」で書かせていただきました、ありがとうございます!
本当はもう少し軽いノリでひたすらに残念残念連呼しようかとも思ったのですが(参考:終盤のノリ)、どこで間違えたのか、こんなシリアスな話になってました。だがこれならば、誰も予想できなかったに違いない(待)
本当は「私は言ってもいいですか? 『残念』です」というリアの台詞を用意していたんですが、突っ込む隙間がありませんでした。いや作ればあったんでしょうけど。
そして今更ながらに、クレマンさんを入れれば今企画参加の皆さんのキャラコンプリートだったことに気付きました。遅い自分orz

アルト君、キール君、ロベリアさん、ヤマト君、リーチェさんお借りしました、ありがとうございます。
なにか問題ありましたら、ご連絡ください。



夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画