辿り着いた日

 昼過ぎ、ふらりと階下にリアが下りてみれば、酒場の空気が瞬時に凍りついた。
 その場にいる全員が彼女に対して隠し事をしているのは明白で、なんとも面白くない。
「や、やあリア! えっと、今日は……」
 口早にまくし立てるアルトの声が、ただ滑っていく。
 大体彼は正直すぎるのだ。隠し事なんかできないことをそろそろ自覚すべきなのだと、リアは心の中で毒づいた。
「リアちゃーん、今日暇? だったらちょっと付き合って欲しいなー、なんて」
 そういえば最近は予定が合わず、ロベリアとこうしてまともに顔を合わせるのも久しぶりではなかろうか。そう思うとちょっと嬉しくなった自分自身に、リアは苦笑せざるを得ない。
「いいですよ。どこまで?」
 このリアの返答に、一体その場にいた何人がほっとしたことであろう。そんな彼らの反応を一々確認する気にはなれず、彼女はくるりと背を向けた。

 ロベリアの好きな園芸店を覗き。
 雑貨店であれが可愛いこれが可愛いとはしゃぎ。
 道端で出会った、おとなりギルドのあの鬱陶しい男を固定化し。
 ちょっと休憩をしようと、ロベリアは躊躇いなく近くにあったカフェに入った。
 そう広くない店内はシャンデリアで淡く照らされ、落ち着いた、けれど暖かい雰囲気をかもし出している。
 なんとなくリアがフルーツパフェを選べば、ロベリアも「おねーさんも、それ」と笑った。
 会話が、途切れる。
「今日は何かあるんですか? 皆さんクエストにも行かず、暇そうに集まってありましたが」
「違うよー。あぁ見えても、皆クエストの最中なんだよ。だからね、邪魔するなって厄介払い?」
 クエストの話が本当かどうかを聞かれれば、それは嘘だろうとリアは迷いなく断言できる。
 厄介払いされたのは事実。けれどこの二年間、派手に衝突したのはアルトと意見が対立したあの一回くらいで、今更リアの毒舌に嫌気をさした誰かがいるとも思えず、要するに厄介払いされるような理由がリアには思いつかないのだ。
「それはおねえさんも?」
「うん」
 あっさりと笑顔で清清しく肯定され、呆れざるをえない。
 「厄介払い」されたことは引っかかっているが、ロベリアの反応はそれをどうでも良いとリアに思わせた。
「ねぇ、リアちゃんは、ここにきて良かったと思えてる?」
 運ばれてきたフルーツパフェのとっぺんに乗ったメロンにフォークを付きたてたロベリアが、淡々と言葉をつむぐ。
「まだ若いんだし、ここから飛び出したいとか思ったことだってあるんじゃないのかなー?」
 すぐには答えず、リアはクリームにまみれたマスカットを口の中に放り込む。まだ熟していなかったのか、口の中に甘酸っぱい味が広がった。
「試してみたら、分かるでしょうね」
 嚥下して、口からこぼれたのはそんな言葉。
「一度離れてみたら、ここがどれだけ私にとって重要なのか、分かるでしょうね。もしかすると他の場所を気に入って戻ってこないかもしれませんけど」
 くすくすとリアが笑えば、真向かいに座ったロベリアの困ったような表情が目に入る。
「残念ながら、この街に執着はありませんよ。ですけど――」
 彼女が言いかけたその時、青と白のコントラストが二人の視界を横切り、リアもロベリアも顔を上げた。
「おや、お迎えですか」
「アルト君ってばおっそーい」
「仕方ねぇだろ!? お前ら探しだすのに、どんだけ街中走り回ったと思ってんだよ! ほら、それ食い終わったら、さっさとギルド帰るぞ」
 息も切れ切れな彼は、自分の体力も鑑みることなくどれだけ走ったのだろう。ギルドで大人しく待っていれば、直に帰っただろうに。
「クエストは終了したんですか?」
 リアが問えば、何のことだとアルトは無言でロベリアに問いかける。彼女はふにゃらとした笑みを返しただけだったが、その笑顔で彼は悟ったようだった。
「あぁ……いや、終わってねぇんだよ、これが。最後の仕上げ、俺たちだけじゃどうにもなんなくってな、お前らにも手伝ってもらいてぇんだけど……駄目か?」
 どこか照れたように、アルトがそっぽを向いてしまうのを、リアは無感動に見つめていた。
「仕方ないなー。でもおねーさん、今パフェ食べて機嫌がいいから手伝ってあげる」
「あぁ、あんがとな? リアは?」
 完食したグラスにスプーンを立てている間にも、二人がリアの返事を待っているのが分かる。どうやらこれは断れるような雰囲気ではないらしいことを彼女は感じた。
「十三人掛かりでできなかったことをやらせるんですか? 無茶振りも程ほどにしてください」
 面白いほど分かりやすく、アルトの顔が歪む。本当に表情豊かな人だと思いながら、リアは立ち上がった。
「まぁ、暇にしていたのも事実ですけどね。仕方ありません。現実逃避もこのくらいにして、ギルドにそろそろ帰りましょうか、おねえさん」
「ありがとな、リア!」
 本当に嬉しそうに輝いた彼の笑顔が、リアの目に焼きついた。



 何気なく酒場の扉を開けば、クラッカーの音が鳴り響いた。
「……え?」
「ほら、早くこっち来いよ!」
 思考が停止したままジャンに促され、リアは勧められるままに席に着く。
 珍しく飾り立てられた酒場の中。
 目の前に置かれたのは、大きなケーキ。
 ジャンが手渡してきたケーキ用ナイフを呆然としたまま受け取って、ようやくリアは我に返った。
「一体何のパーティですか、これは」
「お前さ、初めてここに来た日のこと、覚えてるか?」
「えぇ、相当に悪い印象を皆さんに植え付けたであろう事は」
 寒い冬の日であったことは、リアも覚えている。
 凍えるような風の中、迎え入れられた暖かなギルドで最初に向けられた優しさを拒絶したあの日。忘れられるはずもない。
「じゃあ日付までは覚えてねぇのか」
 どこか寂しげに呟かれ、リアは首を傾げた。
 一日一日を無感動に過ごしていたあの頃。
 新しい環境に馴染むのに必死だったあの頃。
 カレンダーなんていうものを気にするようになるまで、一体どれだけの日数を過ごしただろう。
「リアちゃん、お誕生日も覚えてないじゃない? だからね、リアちゃんがここに来た日を祝おうってなったんだよー」
「そうだったんですか」
 自分の考えの卑屈さに。仲間たちの発想の平和さに。
 こみあげてくる笑いを、リアは堪えることが出来なかった。



「結局、答えそびれてしまいました」
 パーティがお開きとなった後、リアは自室のベッドの上に転がって呟いた。
「そう、この街に執着はありません。けど」

 ――皆さんのいる場所が、私の帰る場所です。

 だから、傍にいさせてもらえたことを感謝したい。
 そしてこれからも、傍にいることを許して欲しい。



<言い訳>
先日二周年を迎えました「ものかきギルド・ストーリー」。
実は二周年記念にと用意を始めてはいたんです。確か十二月に。
まぁ、それが冒頭の二文だけだったとか、もう少し進めておけよと私自身思いますけどね。
その後なんだか色々とあって結局放置してしまったものを、十五日、チャットが解散した後に思い立って書き始めました。
数日で書きあがるのなら、さっさと書けよと思います。本当。
ですが秋待さんの二周年祝い作品を拝読してエネルギーを頂いたので仕方がありません。
ということで、二周年には数日遅れてしまいましたが、おめでとうございました。
あぁ、どうしてこのネタかというと、リアがギルドに加入してから二年くらいということにしたからです。
誕生日覚えてないのにどうして年齢がはっきりしているんだとか思いましたが、まぁそれはそれということで。

アルト君、ロベリアさん、ジャンさんお借りしました。ありがとうございます。
あ、他メンバーも揃っているんですよ? 私が思いっきり端折っただけで。

なにか問題ありましたら、ご連絡ください。



夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画