温もりのワルツを

「ダンスパーティへの招待状が来たーっ!?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、青い髪の僧侶、アルト・ロングトーン。いつぞやの悪夢を思い出したのか、戦う料理人、ジャン・エクスオールドはカウンタの隅のほうでがたがたと震えている。
「あー、この間のハロウィンみたいな、あれ?」
 カウンタに潰れたまま、口だけ挟むのは黒い剣士、ヤマト・R・ヤクモ。完全に態度が他人事である。
「いや、正式な招待状だ」
 ならばハロウィンのあれは、正式な招待状ではなかったとでもいうつもりなのか。怖くて誰も突っ込めない。
「今回のは、ティグリス家が毎年この時期に主催しているダンスパーティへの招待状だ。この間の一件の礼も兼ねてるんだろう。当然招かれてるのは貴族や富豪が多い。顔を繋いでおくのにも丁度いい機会だ。それに、そんな名家からのご招待だ。無下に断ることもできん」
 マスターの言葉に、ふむとアルトは考える。世間体も考えるのならば、そういった場に慣れている人がいいだろう。
「ならキールが適役じゃね?」
「仮面だけ外させればな。なんだ、決まりじゃねぇか」
 自分が行かなくていいことにようやく気付いたジャンが、平常に戻り立ち上がる。
「人の話は最後まで聞け、ひよっこども。これは依頼じゃなくて、招待状だ。招かれてるのはもちろん二人」
「二人? じゃあ義春も」
「分かってねぇな」
 故意ではなく、至極真面目だったアルトとジャンの二人は、マスターの呆れたような態度にきょとんとする。
 一方ヤマトはと言えば、そんなパーティになんて興味もないようで、ただグラスを左手で弄んでいる。絶対に選ばれないと分かっている奴は気楽なものだ。
「パーティで二人組みといえば、男女のペアに決まってるだろ。しかも今回はダンスパーティだからな、踊れる奴で……どうかしたか」
 何かが崩壊したジャンは、真っ青な顔でがたがたと震えだす。その様子に申し訳ないと思いつつも、アルトはゆっくりと口を開いた。
「お前、この間リアと特訓してたよな。お前、あれで踊れるようになっただろ? 行って来いよ。お披露目できなくて悔しかっただろ!?」
「無理だろ!? あの魔王女ともう一回踊れってか!? 無理だろ!? お前こそ稽古つけてもらったらどうだよ!?」
「いやいやいや、それこそ」
 リアがやるとは思えない。そう、アルトが言葉を続けようとしたその矢先。
「構わないですよ」
 凛としたその声は、一体何が構わないというのか。
 ぎぎぎとアルトとジャンの二人が首を回せば、丁度話題に上った金髪の少女がにこりと笑う。
「アルトさんはいつも魔法の修行に付き合ってくださってますからね。そのくらい、お安い御用ですよ」
「決まりだな」
「嘘だろーっ!?」
 マスター、ジャン、そしてヤマトの決断に、アルトは最早叫ぶことしかできない。



 何故か場に馴染み、貴婦人の奥様方と談笑していた金髪の少女が、壁際に立ち尽くしていたアルトにふと近づいてくる。マリリンにコーディネートしてもらったドレスは、やはり赤。髪もきっちりと結い上げ、見ようによっては良い所のお嬢様そのものだ。
「アルトさん。先程からお酒しか飲まれていないのでは?」
「いいいいだろ、別に。こんな上等な酒、滅多に飲めるもんじゃねぇし」
「そうかもしれませんが、これが社交の場であることを忘れてはありませんか?」
 そうなんだけど、とアルトは口ごもる。何度経験しても、こういう煌びやかな場は気が引けた。そんな彼に比べ、リアは堂々としたものだ。
「ほら、曲が始まりましたよ」
「曲? あぁ」
 彼女に指摘され、初めて気が付いたようにアルトが顔を上げる。そんな彼の手から、すっとワイングラスが抜き取られた。
「え? ちょっと、リア」
「曲が始まっていると言うのに、まだ飲むんですか?」
「は? いや……」
 この広いホールの中で、一体何組の男女が踊っていることであろう。これはダンスパーティで、当然「踊る」ことがメインなのだから。
「いやだけど、相手……俺の稽古つけてたから分かるだろ? その……」
「えぇ、ここのゲストの方と踊るくらいなら、壁に張りついてワインでも飲んでいろと言いますね」
 その言葉の裏に、彼女はどんな本音を隠している?
 すっと離れていこうとしたリアの左手を、アルトは反射的に掴む。そんな彼の口から簡単に言葉が流れ出すはずもなく。
 何ですか、と見上げてきた彼女の顔が直視できず、思わず目を逸らして早口に告げた。
「その、一曲、だけ、いいか?」
「仕方ないですね。お付き合いしましょう」
 いつも通りのリアの笑顔が少し嬉し気に見えるのは、きっとアルトの気のせいではない。

 左右左、右左右。
 音楽に合わせるどころか、叩き込まれた動作を思い出すのに必死で、アルトは無意識の内のその表情を歪ませていた。
 本来ならば男性であるアルトがリードしなければならないが、自分のステップだけで手一杯の彼にそんな余裕はなく、逆にリアにリードされる形になっていた。
 ふと目が合うと、彼女はくすりと微笑む。
「なぁ、お前、本当はこういうのの方が好きなんじゃ……」
「意外と嫌いじゃないですよ」
 ちょっと合図され、アルトが左手を離してやれば、リアはドレスの裾をふわりと広げてくるりとターンを決める。
 器用なものだと思わず感心すれば、「足が止まってますよ」とせっつかれる。どうやらゆっくりと鑑賞することは許されないらしい。
 苦笑して、アルトは再びステップを踏み始めた。



 二人がギルドに帰り着いたのは、日付も変わった後のこと。
「ただいま」
 何故かまだ明りの点いていた酒場。声をかけながら入れば、皆が勢ぞろいしていた。
 正装のままの二人にヤマトが口笛を一吹きし「おアツイことで」と呟いたのを、アルトは聞き逃すことができなかった。
「違うっての! ティグリス家からの招待だったんだって、お前はあの時聞いてただろ!?」
「そうですね、アルトさんは仕方なく私に付き合ってくださったんですよね」
「違う! いや違わない! あぁ、どっちだよっ!」
「一人ボケツッコミご苦労さん」
 心なしか顔を赤く染めたアルトをヤマトはにやにやと見つめる。言い訳の言葉を頭の中に並べ始めれば、ふとリアの楽しげな笑顔が目に入る。
 今日は特に機嫌がいいらしい彼女の心からの笑みに、全てがどうでもいいと思えた。
「二人とも帰ってきたことだし、二次会に突入だな。料理の追加準備してくる」
「は? 別にいいよ、ジャン。もう遅いし」
「今日くらい構わんだろ」
「マスターまで」
「心配性も、今日はどこかに置き忘れてこられたらどうですか?」
 口々に言われ、アルトは口を尖らせながらも仕方なく容認する。
「今日だけな」

 昨日が恋人と過ごす日なら、今日は家族と過ごす日なのだから。



<言い訳>
アルト君、ジャン君、ヤマト君お借りしました、ありがとうございます。
11/15に秋待さんからいただいたリクエスト「リアとダンス絡みの話」、で書かせていただきました。
もう少しクエスト的な話も考えましたが、時間がかかりそうだったので割愛。
秋待さん、こんなものでよければお受け取りください! そしてリクエストありがとうございました!

なにか問題ありましたら、ご連絡ください。



夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画