奇跡の解明


 クエストを終えて戻ってきたアルトが自室に入れば、ベッドの上にはさも当然のように転がっている黒い影。それが誰かなんて、顔を確認しなくても分かる。
「そこで何してんだ、ヤマト」
「『追われてるから匿ってくれ』」
 いつもと同じ理由を棒読みで告げられ、アルトの眉間にぴくりと皺が寄る。
「何でもいいからさっさと出てけっ。いつもいつもいつも……っ!」
「そろそろ諦めろよな、アルト。俺とお前の仲なんだからさぁ」
「どんな仲だっ。まったく……いいよ、今日は諦めて俺、お前の部屋使うわ」
 疲れきった口調で、今さっき入ってきたばかりの扉から出ていこうとするアルトを、ヤマトはもそもそのベッドの上に身を起こして呼び止める。
「待てよ。じゃ、俺も部屋に戻ろっかな」
「それじゃ意味ねぇだろがっ」
「まぁまぁそう怒んなって。今日は用があったんだよ、話くらい聞いてけっての」
「はあ、話?」
 胡乱げな視線で振り返るアルトに、ヤマトは爽やかな笑顔で告げる。
「実はお前に告白をしたくて……」
「罪のか? いっくらでも聞いてやるぞ」
「相変わらず冷たいな、お前は。お前さ、僧侶として神の奇跡って信じるか?」
 突然の話題転換についていけず、アルトの思考は数秒間停止した。
「……は?」
「だから、神の奇跡とか言ってヒトが蘇るのってアリだと思うか?」
「なしに決まってんだろ、そんなの。当然だっ」
 彼だって奇跡を願ったことくらいはある。だが奇跡というものは、「起こらない」と分かっているからこそ願うものなのだ。もしそれが起こるとしたらそれは奇跡ではなく、偶然と名前を変えるべきだろう。
「死んだ人は蘇らない。それがこの世の摂理で、蘇らないからこそ人は一日一日を精一杯生きてるんじゃねぇかよ。精一杯なんとか生きようとしてる人たちを、そんな奇跡なんかで否定すんな」
 ヤマトはつっと視線を逸らし、窓の外を見つめた。
「……あぁ、そうだな」



「死人を蘇らせる奇跡を起こす男、ですか」
 教会の奥の部屋で話を聞いていたリアはぽつりと呟く。部屋には彼女の他に三人。薬師のロベリアと解析士のヨラ、それに依頼人であるシスターだ。
 そして彼女らの前に横たわる一人の女性。白く血の気のない顔は、死人のそれ。
「本当に奇跡である可能性って言うのはないのね?」
「……ないと思いますわ。本当の奇跡であるのなら、どうして生き返る人と生き返らない人がいるのか、説明がつきませんもの」
「でも、いくらカミサマと言えど、本人が嫌がってたら蘇生できないかもねぇ」
 ロベリアの言葉に、「そうなのですが」とシスターは口ごもる。
「ま、それを調べるのが私たちってことよね。それは人の所業なのか、神の為せる技なのか」
 ヨラはにやりと笑い、ロベリアとリアの二人は彼女に頷いてみせる。
「その依頼、引き受けたわ。だから」
 彼女はちらりと女性を見た。彼女は明日、この部屋で蘇生されることになっている。当然、最初の調査対象は彼女だろう。
「分かりましたわ。では、よろしくお願いたしますの」
 シスターが部屋を後にすると、ヨラはハリセンを取り出した。そのハリセンを使って何でも解析してしまうのが、彼女の能力である。
「蘇生って、本当に可能なんですか?」
「カミサマにだったらできるのかもしれないねぇ。まあ」
 へらりとした笑顔をリアに向けて、ロベリアは続けた。
「人の可能性の方が高いと思わなかったら、こんな依頼は受けられないかなー。それに、本当に死んでたら、生き返るのは無理だと思うしねぇ」
「不思議なことを言われますね。死んでいなければ、生き返ることだって不可能でしょうに」
 まあそうなんだけど、と言うロベリアの背後で、何度目だろうか、ヨラがハリセンを広げた。思うような解析結果が出ないのか、表情が段々と引きつっていくのが手に取るように分かる。
「あーっ、もうっ。家族構成も許婚にも興味はないのよっ」
「なんだか時間がかかりそうですね。解析自体は一瞬だと言うのに」
「うっさいわね、解析っ」
 ばさりと大きな音を立てて彼女はもう一度ハリセンを広げ、今度は満足そうににこりと笑った。
「出たわよ。これでいいんでしょう?」

「蘇生させる所を見せて欲しい?」
 非常に成金趣味で袖がだぼだぼしている衣服に身を包んだ男は、ロベリアとヨラの頼みを二つ返事で承諾した。
「ああ、いいぜ? んなに派手なもんじゃねぇけどな」
「本当? ありがとー!」
 心底嬉しそうな顔をするロベリアに、男は鼻も高だかな様子である。
 男がヨラとロベリアの二人を連れてきたのは、昨日彼女たちがシスターと話した部屋。昨日と同じように、女性は横たえられており、シスターも部屋に控えていた。
 ただ昨日とは違い、一つ増やされた台には布が被せてある。彼は一瞥したが特に興味はないようだった。
「なんだ、あんたも今日は見物か?」
「はい、もう一度奇跡を見せていただきたくて」
「ま、いいけどな。じゃ、始めるか」
 彼は女性の傍に立ち、彼女の右手首、左手首、首筋、額、そして唇にそっと触れていく。
「神が言ってるぜ。あんたはまだ、死ぬべきじゃないってさ」
 そっと囁かれた彼の言葉に呼応するかのように、女性がうっすらとその目を開く。
「わた……し……」
「少し休むか?」
「は……い」
 それは彼への返事だったのか。彼女は再びその目を閉ざす。だがその頬には徐々に赤みが戻っており、先ほどと違って顔には生気が感じられた。
「すっごーい、本当に生き返るんだー。じゃあ、さ」
 大袈裟にぱちぱちと手を叩き、ロベリアはもう一つの台にかかった布に手をかける。
「この子も蘇生させて欲しいなぁ、なんて」
 そこに寝かされているのは、金髪で赤い服を着た少女。一見眠っているだけのようにも見えるが、彼女はぴくりとも動かない。それは、先ほどの女性と同じような状態だった。
「見物したいって、そういうことかよ。ちょっと失礼」
 彼は戸惑いを隠せない表情で彼女の首筋に触れ、首を横に振る。
「無理だな。残念だがこの子は戻らねぇ」
「あら、どうして?」
「神がそう言った。悪いな」
 そう、とヨラは微笑む。「蘇らない」と宣告されたにも関わらず、悔しがる様子も、悲しがる様子もそこにはなかった。
「そう。あんたの神はそう言ったの。案外無能なのね。でも私たちのカミはこう言ったわ」
「『戻ってきなさい』ってね。リアちゃん……」
 言いながらロベリアは、手にした小びんの中身をそっと彼女の口の中に流し込む。
「そろそろ起きよっか。ね?」
「……はい」
 小声で返事をした少女は、ロベリアに助けられながらその身を起こし――にっこりと微笑んだ。
「おはようございます。……そちらの彼女さんは、まだ目覚めていないんですか?」
「また寝ちゃっただけよ。……で?」
 ヨラは勝ち誇った笑みを浮かべ、男を見遣る。彼の顔は、幽霊でも見たかのように真っ青だった。
「な……何で生き返るんだよ、脈はなかったぜ? もしかして……!」
「あんたのやってることは奇跡なんかじゃない。種も仕掛けもある手品よ。そうでしょ?」
「袖、捲ってもらえないかなぁ? その袖の中って、多分だけどおねーさんと同じ薬を隠し持ってるんでしょ?」
 ヨラとロベリアに笑顔で迫られ、顔を更に青くした男は慌てて逃げ出そうと扉に手をかける。が。
「遅いですよ。目標、固定化します」
「おぉさすが。身体はまだ麻痺してるっぽいけど、術の精度はばっちり」
「その為にいつも訓練してますから」
 押しても引いても体当たりしても、その扉はびくともしない。やがて男は諦めたかのように寄り掛かった。ここまでなってしまえば、出てくるのは溜息ばかりだ。
 彼は疲れきったような顔で右腕の袖を捲る。腕にバンドで固定されていたのは、中に液体が半分くらい入った薬瓶だった。
「……あぁ、そうだよ。死人を蘇らせるなんて、俺にはできねぇよ。でも誰にも迷惑なんかかけてねぇだろ? いいじゃんかよ、放っておいてくれよ。こいつらの周りなんてさ、一回死なねぇとこいつらがどんだけあいつらにとって重要な存在なのか、それすらも分かんねぇような馬鹿ばっかなんだぜ? それを俺は実感させてやってるだけじゃん……」
 ばしり、と良い音がして、ヨラのハリセンが宙を斬る。
「あんたがどうしようが関係ないわよ。理由なんて聞いてないわ。だけどね、あんたは十分迷惑になってるの、分かる? そういうことやるんなら、もっと徹底的にやりなさいよ、中途半端なのよ、あんたは」
「中途半端……?」
 何を言われているのか全く分からないと、きょとんとした表情で彼はヨラを見上げた。
「そうよ、中途半端。私がやるなら、カミをでっちあげる所から始めるわね」
「おにーさんの『神』は、この教会の神じゃないからねぇ。蘇生された方に迷惑はかかってないかもしれないけど、教会にはいい迷惑なんだよ?」
 言われてようやく合点がいったのか、ああ、と彼は項垂れた。



 結局ヤマトと酒場に下りてきたアルトは、窓の向こうに日が暮れようとしている空を見て、僅かに眉をひそめた。
「おい、ジャン。ロベリアとリアはまだ帰ってないのか?」
「ん? ああ、今日の昼には帰ってくる予定だったよな。なんかあったのかね」
「だよな、それって俺の思い違いじゃねぇよな。大丈夫かあいつら……」
 カウンター席から立ち上がり、そわそわとし始めるアルトに、やる気のなさそうな声でヤマトが告げる。
「そういや言い忘れた? あいつら、蘇生するから遅くなるって」
「は…? ソセイって……はあー!? なんかよく分かんねぇけど、やっぱり俺も一緒に行けば……」
「よく分かんなくて行くのかよ、お前は」
 思わず杖を握り締めたアルトだが、ジャンの冷静な突っ込みに、すとんと腰を下ろした。
「それに、今回ばっかりはお前、行かなくて正解だと思うぞ?」
「はあ? 何でだよ」
「だってあいつら行ったの、教会だぜ? 仮にも『僧侶』を名乗るお前がでしゃばったら、余計話がややこしくなるだろ」
 詰まらなさそうにコップを弄んでいたヤマトは、それにも飽きたらしく、机の上に突っ伏した。
「ヤマト、寝るなら自分の部屋で寝ろよ。こんなところで寝たら風邪引くだろ」
「だーいじょうぶだって、風邪ひいたらヤサしいアルト君が看病してくれるから」
「だっれがお前なんかっ」
 すり寄ろうとするヤマトからアルトが勢い良く遠ざかれば、酒場の扉が開くのが目に入る。入ってきたのは、話題に上がっていたロベリアとリアだ。
 二人はアルトとヤマトを見て、くすりと笑う。
「おっやー、ヤマト君とアルト君は仲がいいねぇ」
「本当です、嫉妬してしまいますよ?」
「お前ら……! 帰ってくるなりいけしゃあしゃあと……っ」
「さっきまで心配してた癖に。心配するか怒るか、どっちかにしないと身体が持たないんじゃないのか?」
 再びジャンに諭されて、今度は不満げな顔で彼は黙り込む。そんな彼を横目に見つつ、ヤマトがめんどくさそうに起き上がった。
「で、ちゃんと蘇生できたのかよ?」
「できたからこそちゃんとこうして帰ってきているんじゃないですか?」
「だから何なんだよ、その蘇生ってっ」
 アルトの真っ当だと思われる疑問に、ロベリアとリアは顔を見合わせてにこりと笑う。
「蘇生は蘇生だよー。それとも、蘇生の意味でもキール君のマニュアルで調べる必要でもあるのかなぁ?」

「リアちゃん、本当に身体は大丈夫?」
 別れ際に確認され、リアは思わず自分の身体を見下ろした。
 ヨラのハリセンに出た解析結果は「仮死状態」。人の手によってその状態を作り出すのが可能なことを証明するために、リアは自らロベリアの処方した薬を口にしたのだった。
「大丈夫ですよ。ロベリアさんも、量はちゃんと計算してくれたんでしょう?」
 信じてますから、と彼女は笑顔で告げる。
 そう、とロベリアが戸惑ったように笑い――リアが、小さく俯いた。
「……ちょっとだけ、本当に死ぬかもと思ったのも、事実ですけど。おねえさん」



<言い訳>
 なんだか規約すれすれ…すみません、問題あったら遠慮なく指摘してください。書き直すなりなんなりさせていただきますので…!
 そしてお借りした皆さんの思想で「これ違う」とかありましたら、そこも容赦なくツッコミいただければ修正しますので、よろしくお願いします。

 アルト君、ロベリアさん、ジャンさん、ヤマト君、ヨラさんお借りしました、ありがとうございます。
 何か問題がありましたら、ご一報ください。







 ちなみに、興味ある方がいらっしゃるか知りませんけど、これを書くために私が作ったプロット(メモ):
     死者が蘇った→神の恩恵?
     調査依頼 ロベリア+リア

     「お願い…できるかな?」
     「えぇ、いいですよ」

     「…ホントに死ぬかと思ったじゃないですか、おねーさん」

 これだけ。ストーリー展開も何もあったものではありません(苦笑)
 一度本当にロベリアさんとリアの二人だけで書き始めたのですが、締まりがなく没に。
 おとなりギルドのメンバーが増えて助かりました…(笑)

夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画