守りの方法論


「おや、アルトは今日は機嫌が悪いのかい?」
 明らかにヤケ酒している彼を横目に、ちびちびとやっていたバーナビーとイザナギに、義春は声をかける。そんな彼に返した二人の反応は、重い。
「あぁ……暫くそっとしておいてやってくれ」
「何があったのかな」
「あいつ自身が気にしてることを、リアにざっくりとやられてな」
 彼らの言葉に察しのついた義春は、彼ら同様苦く笑うしかない。
「二人とも、不器用だね」


 それは、突然舞い込んできたクエストだった。
 細い洞窟の調査依頼で、大人数で動けば逆に身動きが取れなくなる恐れがあり、少人数では戦力が足りない恐れのある、危険なもの。
「だったらそんな皆さんに、ちょうど良いものをお貸ししましょうっ」
「何を出してくるつもりなんだ、エリィ」
 呆れ顔でバーナビーが促せば、待ってましたと言わんばかりの勢いで得々と彼女は語り出す。
「これは本当にいいものですよ。特にここまで性能の良いものは珍しく……」
「だから何なんだよ」
 途中で遮ったアルトに、最後まで聞いて下さいよぉ、と抗議しながらも、彼女は一枚の鏡を引っ張り出してきた。
 それをどかりとテーブルの上に置くと、今度はがさごそと荷物の中をあさり出す。
「ありましたっ。これです!」
 誇らしげに彼女が出したのは、ペンダント。魔力の込められた魔道具だということは、一目で分かる品だ。
「はいはい、ちょっと持ってみてくださいね」
 特に何も言わずに眺めていたイザナギに、エリィはそのペンダントを無理に持たせる。
 すると――今まで天井を映していた鏡が、酒場の中、カウンターの方を映し出した。
「魔力を持ってる奴がこれを持ってると、鏡の方にこれを持ってる奴がいる場所の風景を映し出すんだな?」
「その通りです! 今なら一時間20000Gでお貸ししますよ!」
「待てよ、これ監視はできるけどそれ以上のことは……」
 どう使いこなせばいいのか。顔を付き合わせて悩む彼らの横から、金髪の少女がそれを覗きこむ。
「何を悩んでいるんですか?」
「あぁ、リアも見ただろ、あの調査依頼のクエスト。俺とイザナギとアルトで行こうって言ってるんだけどな、それじゃちょっと心もとないって話」
「だからって別の誰かを連れて行くのも……結構細い洞窟らしくて」
「で、エリィがこれ出してきたんだけど」
 これでどうしろと、という視線の三人に、「でもこれ声も伝えられますよっ!?」とエリィは主張した。
「声も伝えられるんですね?」
 いつも通りの笑顔で問われ、エリィはこくこくと頷く。
「ならば十分です。私がここから、サポートしましょう」
 リアの魔法は声が媒体となる。声を封じられれば一切の魔法を使うことが出来なくなるが、逆に声を伝えることさえできれば、遠くから魔法を使うことも可能だ。ただしその場合、細かい指定はできない。
 映像と音を伝えられる魔道具。それはリアの魔法の範囲を広げられる道具でもあるのだ。


「おーい、リア。聞こえてるか?」
『聞こえてます』
「じゃあ俺たちのいる所、見えてるか?」
『皆さんの能天気そうな顔だったら見えてます』
 彼女の毒舌に苦く笑いつつも、ひとまずギルドと繋がっていることに安堵する。だが――クエストは始まってすらいない。
「今から洞窟に入るからな。サポート頼むぜ」
『言われなくても分かってます。何の為に私がここでずっと待機していると思っているんですか』
 本当はリアの他にもサポートが欲しいところではあるが、前衛にサポートを頼むわけにもいかない。彼女の他に遠隔攻撃ができそうなクロイは、生憎別のクエストで出払っていた。
 ――まぁ、毒舌が二人に増えたかと思うと、彼はいなくて良かったのかもしれないが。
「ホント狭いな、これ」
「広くて誰でも入れるような洞窟は既に荒らされてしまっている可能性が高いが、これならば太古の文化が繁栄していた証拠とかが出てくるかもしれないな」
「いや、依頼書に書いてあった内容と違うからそれ」
『皆さん余裕ですね』
 冷やかなリアの声に、いやいやと三人の顔が引きつった。
「余裕じゃないぞ? こんなにも必死で」
『その割りには軽口を叩けているようですが。――ところで、イザナギさんが持たれているそのペンダント、向きがあるのはご存知ですよね?』
「……! すまん」
 丁度胸元でぶら下がっているそれは裏向きで、恐らくリアにはイザナギの服しか見えていなかったに違いない。彼は慌てて元の向きに戻した。
「それ、俺が持ってた方がいいかもな。前衛のあんたじゃ、魔物とか出てきて戦ってる最中にまたひっくり返るかも知れないし」
『そうですね。あまり視界が揺れ動かれても、私が酔ってしまいますし』
「アルトだったらそこまで動かんだろうしな……ってしまった!?」
 ぬるりと地面が動き、咄嗟にバーナビーは跳ぶ。乾いていたはずの地面が、ランプの光を受けて光る。地面から「生えて」きた蔓を、イザナギは叩き斬った。
『目標、固定化します』
 リアの宣言に、蔓はただの土柱と化し、地面も元の固さを取り戻す。
『早く先に進んでください』
「ああ、そうだな」
 表情を引き締めて、三人は奥へと進んでいく。

 その後も土系魔物からの攻撃は絶えることなく、疲弊し始めた頃、三人は少し開けた場所に辿り着いた。
「ようやく奥まで辿り着いたか?」
「何もないな」
 魔物の出てくる気配もなく、バーナビー、イザナギ、アルトの三人は少し緊張を緩める。彼らが少し休んでもいいかも知れないと思った、その時。
「上だっ」
 何気なく天井を見上げたアルトが叫ぶ。
「お前らそんなに離れるなって……!」
 彼が絶叫した時には既に遅く、落ちてくるようにゴーレムが現れる。丁度、三人の真ん中に。
「emethの文字を探せっ」
「了解っ」
 丁度正面にいたバーナビーがイザナギに言い、彼はそのままゴーレムに突っ込んでいく。イザナギはイザナギで、ゴーレムの背後に回った。
「バーナビー、十五秒だっ。リア、こいつの固定化とかできねぇ!?」
『全体像が見えないので無理です。胴体だけ固定化させても無意味ですし。アルトさんがもう少し後ろに下がってくだされば、話は別ですが』
 下がれるわけねぇだろ、と彼は叫び返す。ただでさえアルトとバーナビー・イザナギの間には距離がある。今以上に離れてしまえば、彼の援護が届かない。
 アルトの強化魔法を受けたバーナビーが、殴りかかってきたその手を目掛けて槍を振るう。弱い点を的確に突いたその攻撃に、ぼとりと腕は落ちた。が。
「やっぱり再生するか……」
 苦い顔でバーナビーが呟いた通り、すぐに新たな腕が生えてくる。これでは、キリがない。当然ゴーレムには痛覚もないわけで、落とされていない左腕で、それは新たな攻撃を繰り出してくる。
「なんとか持ちこたえてろよ、バーナビーっ」
 言ってイザナギはゴーレムの背中に駆け上る。それまで前かがみになっていたゴーレムが彼に気付いたのか、その身体を捻らせた。
「イザナギっ!?」
 バランスを崩して落ちるイザナギ。
 アルトが防御結界を展開する。
 なんとか――彼は無事だった。
「大丈夫かっ!? 怪我は?」
「お前の結界のお陰でぴんぴんしてる。emethの文字は見つからなかったがな」
 イザナギの言葉に安心したアルトは、ゴーレムを見上げる。だがemethの文字など、下から見つけられるはずもない。
「くっ……」
 全員が、疲労しすぎている。
 ギルドにいるリアの声も暫く途切れていて、彼女のサポートも望めない。
「ここまで来たけど、一度退いた方がいいかもしれないな」
 バーナビーは未だに、勝つことのない戦いをゴーレムと繰り広げている。彼の限界が近いことは、分かりきったことだ。早く決断しなければならない。
「もう一回、行ってくるぜ」
 にやりと不敵な笑みを残し、イザナギは再びゴーレムに向かって走る。
 また落ちることがあっても大丈夫なように、アルトは杖を握り締めた。
『アルトさんっ!!』
 突如響いたのは少女の声。
 何があったのだろうかと思えば、バーナビーがゴーレムの拳と力比べをしている――
「!?」
 状況を理解する暇もなく、彼は強化魔法を繰り出す。
「あったぞっ。首筋の左側だ!」
 イザナギの声に、よしとアルトとバーナビーの二人は視線を交わす。
『よしじゃないです……!』
 気付けば、いつの間にかゴーレムの標的はアルトに移っていて。他に気を取られていた彼は一撃目を辛うじてかわす。
 が、その衝撃でペンダントの紐が切れる。思わず彼は手を伸ばすが――届かない。
「何やってるんだっ」
 戻ってきたイザナギが、ゴーレムの気を引くようにアルトの前に身を踊らせる。彼の狙い通りゴーレムはイザナギに狙いを変えて右腕を振りかざす。
 ――同時に、左腕も。
 バーナビーはゴーレムの背後で、加勢には間に合わない。
 アルトも結界を繰り出そうとするが、時間がかかりすぎることは明らかで。
「イザナギ……っ」
『目標、固定化します』
 駆け寄ろうとしたアルトを止めるかのように、リアの声が響いた。
 ようやくその動きを止めたゴーレムに、バーナビーとイザナギの二人は安堵の息を吐いた。
「eを消せば、終わりだな」
 殴るために出された右腕を、イザナギが軽々と登っていく。彼が首筋を剣で一閃する。彼が降りてきた所でリアが固定化を解いたのか、ゴーレムはようやくその形を崩した。
 バーナビーはアルトが落としたペンダントヘッドを拾い上げ、微動だにしない彼――否、できない彼に、そっと苦笑する。
「……で、助けてくれたのには感謝するんだけど、なんで俺まで固定化されてんだよ、リアっ」
『帰還してください。それ以上先に進むことは不可能です』
 ゴーレムが出たからには終わりが近いのだろうが、この状態で先に進むことは自殺行為だ。だから彼女に言われなくとも帰還していただろう。
「だけどだからって、固定化することはねぇだろっ!?」
『話は後です。まずは帰還してください』
 淡々と繰り返す彼女に、取りつく島もない。

「リアっ」
 苛立ちにばたばたと大きな音を立ててアルトが酒場に入る。道中バーナビーもイザナギも、なんとか彼を宥めようとしたのだが効果はなかった。
 アルトが相当怒っていたことは分かっていただろうに、逃げるわけでもなくギルドの赤い魔女はそこに静かに佇んでいた。彼女の前にある大きな鏡は、今は何も映し出していない。
「お前一体どういうつもりだよ!? 手助けしてくれたことには確かに感謝するけどな、クエストの最中だぞ? 命の駆け引きしてるって時にふざけてる場合じゃねぇだろっ!?」
 ものすごい剣幕で怒鳴られたにも関わらず、リアの笑顔は揺るがない。
「あのままあなたが飛び出していたら、逆に大怪我を負って大荷物ですよ。人に装備をしっかりしろと言う割りに、あなたの装備ではゴーレムの攻撃など耐えられません。無茶はしないでください」
「あれしか方法がないって思ったからだよ、何も理由もなしに怪我をしにいくような真似はしねぇっての」
 赤と青。静と動。
 エスカレートしていく二人の口論の激しさに、ギルドにいた皆が思わず固唾を飲んだ。止めようとすれば二人の怒りの矛先が向かうだろうことは当然で。
「えぇ、理由はありましたね。けれど理由があればいいというものでもないでしょう? まさかあなたが身を呈せば二人とも助かるだなんて楽天的な考えでもあったんですか?」
「あぁ、俺は無理だと分かりながらも全員を守ろうとする大馬鹿者だよ、悪いかっ」
「いいえ。それがあなたですから、止めようとする方が馬鹿でしょう。ですけど――あなたには自覚が薄すぎる」
 にこやかな笑顔に似合わない辛辣な言葉。
 なんだよ、とアルトは彼女を睨みつける。
「あなたは全員を守りたい。そうですね?」
「決まってるだろ? 誰も失うもんか」
「ならば自覚しなさい。アルト=ロングトーン」
 普段と違うリアの語調に、違和感を覚えたアルトは勢いを失った。
 態度も表情も変わらないから気付いていなかったが――もしかしたら彼女は、今ものすごく怒っているのかもしれない。
 彼女の怒りは恐らく、彼のそれ以上。
「あなたが全員を守るというのなら、あなたの命はここにいる誰よりも遥かに重い――あなたは、あなたが守ろうとしている全員分の命を、背負っているんです。
 誰かを守ると豪語するのなら、まずは自分の身を守りきりなさい」
 そこまで言いきると興味を失ったかのように、けれど変わらぬ笑顔で彼女は二階へと上がっていった。


 アルトは深く溜息をついて、手に持っていたコップをがたんと机の上に置く。
 「他人を守る為に、自分を守れ」。一見矛盾しているようにも聞こえる、その言葉。
「……分かってるよ」
 まずは自分が生きていなければ、他の誰かを守るだなんて、できないことくらい。それでも、仲間が、家族が、自分以上に大切だから。
 だから――自分よりも優先して守りたい。ただ、それだけだというのに。
「アルト。今日はご苦労様だったね」
 机に突っ伏したままの体勢で顔だけ上げれば、異国の服を纏った男――群青義春が、穏やかな笑顔で彼の横に腰掛けた。
「あのクエストは、明日キールとヤマトの二人が改めて出向くことになったよ」
「え、大丈夫かよ、二人だけで!? 俺も……」
 俺も行く。そう言いかけて、アルトは口を閉ざした。悩みを抱えた今の状態で、彼は二人を守りきれるのだろうか。
「大丈夫だよ。君たちは結構奥の方まで行ってきて、大半の魔物は撃破してきたんだろう? リアは明日もサポートについてくれるらしいし、ね」
 リアの名前に、アルトはまた溜息をつく。彼女とは結局、どこまでいっても根底の部分では理解しあえない、そんな気がした。
「だから明日のクエストについては心配してくれなくてもいいよ。だけどね、アルト」
 静かに名前を呼ばれ、は? と彼は返す。
「他のメンバーに引き継ぐんだから、情報提供とかは頼むよ」
「!? 悪ぃ、すっかり忘れてた! キールとヤマトだっけ? あいつらは……」
 きょろきょろと酒場の中を見回し始める彼に、少し落ち着こうか、と義春は笑う。
「キールは帰っちゃったし……ヤマトは部屋かも知れないけど。明日の朝、彼らが出発する前に頼むよ」
 あぁと頷いたアルトに、それとと彼は続けた。
「あの子も一日中鏡に張りついて心配してたんだ。酷い言いようだったかも知れないけれど、許してあげてくれないかい?」
 これでは拒否なんてできないではないか。アルトはふと表情を緩める。
「明日、もう一回話してみるよ。今日は、二人とも冷静じゃなかったみたいだしな」



<言い訳>
 秋待さんの企画作品を読んで、「やっぱりアルト君とリアは相容れないか」とか思いながら書いた話。ただ単に本気でいがみ合う二人が書きたかっただけ。
 バーナビーさんとイザナギさんの書き分けができていなくてすみません! 別メンバーにバトンタッチしようかとも思ったんですが、今回はしっくりこずにこの二人で。
 というか色々とすみません。アルト君にはいつも以上に平謝りさせてください(汗)

 アルト君、群青さん、バーナビーさん、イザナギさん、エリィさんお借りしました、ありがとうございます。
 何か問題がありましたら、ご一報ください。

夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画