絶対☆向日葵迷宮

 幸せそうにイチゴタルトをほおばるシャルロットを横目に見つつ、ヤマトは同じ、だが彼女のものよりも細く切り分けられたタルトをやる気なさそうにフォークでつついた。
 どっかのお菓子屋さんの季節限定らしいのだが、どうして朝早くから走ってまで買いに行かなければならないのか、彼にはさっぱり理解できない。
「このギルドでも、なにか名物になりそうなものとかないのかな。そしたらお客さん、一杯来るのに」
「名物なら既にいるだろ。ツッコミオカン」
「そういうのじゃなくって!」
 ジャンがおいしいお菓子でも作ればいいのにだとか、ロベリアがポプリでも売り出せばいいのにだとか、シャルロットの想像は続く。
「そんなものを作ってどうするつもりだ」
 小馬鹿にした口調のクロイを、ひっどーいとシャルロットは睨みつけた。
「いつだったかのグリーンギルドだって定着しなかったじゃないか。また同じことの繰り返しになるだけだ」
「……そんなこと、ないもん」
 口の中で呟くように彼女は反論するが、勢いはない。
 確か一年前の春。経営赤字に陥ったギルドで持ち上がったのが、「グリーンギルド企画」だ。結局それは一時的なもので、長続きしないままに終わってしまった。
「なんだなんだ、あれをまたやりたいのか? ならロベリアに頼んでみろよ。またこのギルド一面緑になるぜ? 一晩で」
 ヤマトの言葉に「本当」とシャルロットがその表情を輝かせる。
「ふん。そんなにこのギルドを植物だらけにしたいのか」
「うん。したいかなぁ」
 ふにゃらとした笑顔でクロイに答えたのは、ロベリアだ。リアと一緒になって酒場の別の一角で遊んでいたのだが、どうやらそれにも飽きたらしい。
 ……と思うのだが、彼女の手には既に植木鉢が握られている。いつから彼らの話を聞いていたのかは分からないが、素早い。
「それで、どんな花で埋め尽くしたいのかなぁ?」
「ヒマワリ! 見てて元気になるから」
 そっかと優しく微笑んで頷くロベリアの横で、クロイがふいとそっぽを向く。
「今のこの時期にヒマワリ? 無茶もいい加減にしろ」
「いや、なんとかなるだろ」
 答えたのは意外にもヤマトだった。彼は爽やかな笑顔で続ける。
「お前の火があるからな。頼りにしてるぞ、クロイ」
「誰が協力なんてするものか」
 かくして計画は、発動した。

 次の日の朝。
「おや。私が眠っていた間に、また賑やかになったね」
「これは賑やかって言うのかよ」
 そう穏やかな声で告げてギルドの中を見回した義春に、ジャンが突っ込む。カウンターについてスムージーを飲んでいたエリィは、彼らのそんなやりとりににこりと笑う。
 昨日の今日で、既にギルド内は一面の緑になっていた。プランターに植えられたヒマワリは、見事な花をつけている。これはこの計画のことを見越して、どこかで育てていたとしか思えない。
 ここまで見事に一面緑にすれば、した本人も満足だと思いきや、そうでもないらしい。どこか不満げな色を滲ませて、ロベリアはカウンターの側に立ち、じっと酒場の中を見つめていた。
「これ以上緑にするつもりなのかよ、お前は。植物に足取られて転ぶのだけはごめんだからな」
「緑に埋もれたギルドに眠る財宝。夢があるじゃないか」
 ロベリアがジャンに答えるよりも早くそう口を挟んだのは、通りすがりのイザナギ。彼の目は既に、ここではないどこか遥か彼方を見つめている。
「ここのギルドは遺跡じゃねぇっての」
「そうだよねぇ。宝探しをするには、まずその宝を隠さないといけないんじゃないかなぁ」
「なんなら私が珍しいアイテムの数々をお貸ししましょうかっ! 今ならば破格のお値段で色々とお貸しできますよ!」
「さすがに呪いの指輪とかは勘弁ねー、エリィちゃん」
 へらりと笑うロベリアに言葉を返したのはクレマンとエリィの二人。クレマンは酒場の別の一角で本を読んでいたのだが、楽しそうにしているからという理由で話に加わったのだ。
「それで、一体何の話をしているのかなー?」
「うん、普通のヒマワリじゃ面白くないよねぇって言う話」
 どうしたものかなと小首を傾げたロベリアに、エリィはその瞳を輝かせて食いついた。
「どうせなら何か珍しい武器のなる木とかできませんかぁ!?」
「何でも一発で治る薬とか、あるといいかなー」
「お前ら二人とも、それで廃業だな」
 口々に勝手なことを言い出すエリィとクレマンに、思わずぼそりとジャンが突っ込む。二人は示し合わせたかのようににこりと笑う。
「独り占めにすればいいんだよー」
「独り占めにすればいいんですよ」
「ああ、そうですか」
 半眼で呟く料理人には、それ以上に突っ込む言葉が見当たらない。

 依頼された治療で数日間ギルドを外泊していたアルトは、緑に染まった酒場を見て思わず言葉を失った。元凶であろうと予想される「彼女」の姿は見えない。
 それどころか、他のギルドメンバーの姿もない。もしかすると、なにか大きなクエストが入って全員借り出されたのかもしれないと思うと、自分がいなくて大丈夫だろうかと不安になる。
 だが、マスターもいないようでは、他のメンバーが一体どこに行ったのかも分からない。
 仕方なく、彼はカウンター席に腰を落ち着けた。
「アルトさんってば何をやっているんですか。遅刻ですよ」
「わらわですら既に作業を開始しておると言うのに、若者が情けないのう」
「はぁ?」
 どうしたものかとぼんやりとしていたアルトは、突然かけられた声に飛び上がった。
 ちょうど階段を降りてきたのは、赤い服の少女。彼女に続くのは着物姿の女性。麦わら帽子を持った彼女らは、アルトの反応を気に留めることなくそのまま裏口へと歩んでいく。
「遅刻って何の話だよ」
「遅刻は遅刻じゃよ。なんじゃ、遅刻の意味が必要ならばキールにでも訊いてくれんかの」
「もう皆さん始めているんです。早く来られないとお昼ごはん抜きますよ?」
 二人はにこやかに笑って麦わら帽子をかぶり、呆けている彼に背を向ける。
 彼女らが戸の向こう側に消えた所でようやく、彼は絶叫した。
「待て、それはお前の権限じゃねぇだろーーーっ!!」
 なにはともあれリーチェルートとリアのお陰でアルトには分かったことがある。どうやら、ギルドメンバーは裏庭にいるらしい。彼は気を取りなおし、彼女ら二人の後を追った。
 そこで鍬を手に庭をたがやしていたのは、いつも前衛に立つ男性陣。
 女性陣四人は小袋を片手に、どうやらなにかの種をまいているらしい。
 どちらのグループにも加わっていないのは、クレマンとロベリア。怪しげな薬瓶をいくつも並べて話し合っているのは、何の薬を調合するためなのか。
「アルト。来たならさっさと手伝えよ」
「手伝う?」
 不機嫌そうなヤマトは持っていた鍬をアルトに手渡すと、自分はさっさと隅の方に座り込んで、一服。
「自分は休憩するのかよ」
「お前より早くからこき使われてんだ。いいじゃねぇかよ」
 それもそうかと納得し、無言で作業を続けるキールを見遣る。
「……で?」
「農作業をやっている。……なんだ、解説が必要か?」
 作業の手を止めてまでマニュアルを出そうとしたキールを、アルトは押しとどめた。
「農作業の定義よりも、なんでこんなことをやってるのかってのを聞きたいんだよ」
「なぜ……?」
 一度も理由を考えなかったのか、アルトに問われて初めてキールは悩み始める。
「……もういい。作業を続けてくれ」
「了解した」

「……で?」
 畑仕事からようやく解放されたアルトは、疲れに、カウンターに突っ伏しつつ近くにいるであろう誰かに現状説明を求める。
「ロベリアさんが品種改良して、おもしろいヒマワリを作るらしいんですよ」
 どうせロクな計画ではないに違いないと思いつつ、キラキラとした表情で語るシブリーをアルトは促した。
「僕も、一緒に修行してくれるヒマワリを作って貰うことになってて……あぁ、楽しみだなぁ」
 笑顔で告げる彼の言葉に寒気を感じ、アルトはがばりと起き上がった。
「ヒマワリと修行って、何の冗談だよ」
「え? 僕は冗談なんて言ってませんよ?」
 きょとんとした顔で言われ、アルトは思わず頭を抱えた。
 植物を修行するだなんて無理だろといいたい。とにかく突っ込みたい。だが、そんな不可能だってロベリアならば可能にしてしまいそうだし、第一踊る植物を見た悪夢は、そう遠い過去ではない。
「まぁまぁ、そうぼやくなアルト」
 苦笑いしながらどっかりとアルトの横に座ったのはバーナビー。
 彼が顎をしゃくった先には、ちょうどギルドに帰ってきたらしいジャンがいる。なんだか、よれよれになっているのは、アルトの気のせいではあるまい。
 一方、時を同じくして裏庭から帰ってきたリーチェルートは、意気揚々としている。
「ただいま帰ったのじゃー!」
「お帰り! どうしたんだよ、ジャン。お前大丈夫か?」
「大丈夫なわけがねぇ……大体誰だ、ヒマワリ料理なんて無茶言いやがった奴はっ!? 今度からヒマワリでコーヒーでも淹れてやるぞ、お前ら覚悟しとけっ」
 びしりと宣言したそれは、ギルドメンバーに対する嫌がらせのつもり。だったというのに。
「ほう、ヒマワリでもコーヒーを淹れられるのか。それはすごいな」
「ついでに紅茶もよろしくお願いしますね」
「ヒマワリ茶は美味しいと思うかい?」
「ジュース、ヒマワリジュースを所望するぞよ」
 ギルドの方々から聞こえてきた返事に、悲観の色はない。むしろ逆に喜ばせただけなような気がする。
「期待のこもった眼差しで見てくれるな、頼むから……!」
 カウンターに突っ伏したジャンの手から、一枚の紙がぺらりと落ちる。びっしりと細かい字で書かれたのは材料と手順。
 どうやらこの料理人、一日かけておいしいヒマワリ料理のレシピを調べていたらしい。
「大丈夫じゃよ、料理人たるジャンに作れぬ料理などありはせんて」
「果物のならないヒマワリからジュースを所望したお前がよく言うわーっ!!」




<言い訳>
 皆様に遅ればせながら、ものかきギルドメンバーコンプリートです…(笑)
 出番に偏りはありますが、一応皆一言ずつは喋っているはず。…イザナギさんが本当に一言しか喋っていないことに、今更ながらに気付きましたorz
 そして暁野さんの嘘予告、お借りしました……と言いたいのだけれども、食料危機とかトウモロコシとか、出せるだけの設定を練り上げられませんでした…orz
 ストーリー的に中途半端ではありますが、どなたかが続きを書いてくださることを(勝手に)願って…!(笑)

 それでは、何か問題ありましたらご一報下さい。

夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画