方向違いの興味

 酒場の中を一周二周三周と視線を巡らせたシブリーは、はぁと溜息をつきがっくりと肩を落とした。その様子を見て思わず吹き出したヤマトは、にやにやと笑いながら彼に声をかける。
「誰か探してんのか?」
「ヤマトさん……イザナギさん、見ませんでした?」
「イザナギ? 見てないな……おいキール、イザナギ見たか?」
「あぁ。彼なら川だ」
 川、といぶかしげな表情のシブリーの横で、あぁとヤマトが手を打つ。
「川に芝刈りに行ったんだな」
 川に刈れるような芝が生えるのか、と妙な所で感心しているキールを横目にシブリーは再び深く溜息をつく。
「あーあ。今日こそは稽古してもらう約束だったんですけど……」


 時は数刻遡る。
「釣り、行こうぜ」
 突然言い出したイザナギに、運悪くその場に居合わせたクロイは、思わず周囲を見回した。
 だが、周囲には生憎誰もいない。イザナギだって居もしない誰かに喋りかける趣味はないだろう。ならば相手は残念ながら自分かと、クロイは嘆息する。
「それは僕に言っているのか?」
 何故自分がそんなものに付き合わねばらなない、と静かな怒りを込めてクロイは言うが、イザナギはそんなこと気にしていないようであった。
「お前以外今誰がいるよ。あ、ロベリア、リア、お前らも来ないか?」
 どうやら二人揃って庭をいじっていたらしく、スコップやら木の枝やらを持った二人にも、彼は声をかける。
「うん? どこに行くのかなぁ?」
「川だよ、川。川に釣りに行く」
「あんなのは暇な人のための娯楽でしょう。私は興味ありません」
 釣り、と口の中で繰り返すリアの返答は冷たい。そんな彼女の横でロベリアはにっこりと笑った。彼女が釣りに興味があるとは思えないから、何か別の理由があるのだろう。
「おねーさんは興味あるなぁ」
 そう言ってロベリアは両手に持っていたものを床に置き、ポケットの中からなにやら怪しげなビンを取り出す。茶色の遮光ビンで、中に何が入っているのかは見えなかった。
「おいおい、怪しげな薬をまた持ち出してきて……何なんだ、ソレは」
「つい先日手に入れたものなんだけどねぇ、川で魚を捕まえる時に使うらしいんだよねぇ。釣りにいくんでしょ? ならちょっと試してみたいなー」
「薬で魚を捕まえるなんて聞いたこともないぞ。どんな薬なんだ。毒薬か?」
 頑として付き合ってなるものか、という態度を貫き通すクロイ。一方で彼と同じく毒舌を誇るリアは何故か静かだった。どうやら、ロベリアの持っている薬とやらに興味を引かれたらしい。
「いやだなぁ、さすがにおねーさんも毒薬でお魚を殺したりはしないよー? これはちょっとした痺れ薬? 無害だからだいじょーぶだよ。なんなら試してみる?」
「いいや、遠慮しておくね」
 きっぱり断るとどこか残念そうな顔をしたロベリアを笑顔で流しつつ、イザナギは三人を促した。
「よし、そうと決まれば早いとこ行くぞ」
「仕方ない、付き合ってやるよ」
「お代は高くつきますよ?」

 川辺まではついてきたものの、釣りに興味のないクロイは岸にぺたりと座り込む。イザナギが嬉々として並べ出す道具に興味はあるのか、リアはじっと眺めていたが、それらを手に取ろうとは決してしなかった。
「好きだねぇ」
 準備を終えたイザナギが糸を川に垂らすと、リアと同じように眺めていたロベリアは感心したように呟いた。
「クロイ。そこにただ座っているくらいならこの竿を持っていてくれないか」
「なんで僕が」
「そうしたらもう一本準備するからに決まってるだろ」
 ほら、と差し出された竿を奪うようにイザナギからもぎ取ると、クロイはそれを無造作に地面に突き刺す。
「……ま、いいけどな。魚が引っかかったらちゃんと釣り上げろよ」
 返事がないのを無言の了解と受けとったらしいイザナギは、手際よく二セット目の準備に取り掛かる。
 すぐさまその糸を川に投げこんで待機体制に入るイザナギに、
「そうやって待っているだけなんですか? なんてつまらない」
とリアは言い放った。
「それが釣りって言うものだろう。この、大物が引っかかるかもしれないという可能性。それだけで浪漫があるとは思わないか」
「思いません」
「第一こんな川に大物がいるわけないだろう」
 リアとクロイの毒舌に、イザナギは傷ついたらしく落ち込む。だがすぐに、若い奴には理解できないんだよなと小さく呟き、気を取りなおして竿を握り直した。
「まぁまぁそう言わず。なんか釣れたらジャン君がきっとおいしく調理してくれるだろうし、ちょっとは頑張ってみよーよ。ね」
 同意を求められたクロイは、勝手にしろと吐き捨てる。
「でさ、リアちゃん。上流と下流って、堰き止められるかな?」
「もしかして先ほどの薬ですか?」
 そう、と頷いたロベリアに、やる気一杯になったリアはもちろんです、とにこやかな笑顔で返す。
 固定化します、とのリアの声と共に、部分的に川の流れが止まった。「これ借りるよー」とイザナギからバケツを借り受けたロベリアは、先ほどの薬をポケットから取り出す。
「じゃじゃーん。この薬を撒いてみますとー、あーら不思議ー」
「あーら不思議ー、じゃないだろう」
 苦笑するイザナギを他所に、薬の効果を確かめるべく、ロベリアとリアは揃って川の中を覗きこんだ。
 最初は元気に泳ぎ回っていた魚だが、次第に動きが鈍くなり、最終的には浮かび上がってくる。
「ありゃ、ちょっと濃度が濃すぎたかな?」
「まぁ目的は果たしてますし。餌をぶら下げてただ待っているよりは、手っ取り早くて確実かと思いますが」
「どちらにせよ手間がかかることには変わりがない。それに、その薬とやらは本当に無害なんだろうな」
 クロイの冷たい一言に、ロベリアはただ笑う。彼女は否定も肯定も、しなかった。
「ちょっと待て、さっきは無害って言ってただろ? 実際にそれはヒトに害があるのか」
「そんなことないよー、消化器官を外せば大丈夫。……多分」
「最後に多分とかつけるな」
「いやいや、そうは言うけどね、ヒトに全くの害がないものって、そうそうないんじゃないかなぁ? 今吸ってる空気だって、害がないわけじゃない。逆にいくら摂取しても全く害がないってことは、食べても意味のない、要らないモノでもあるんじゃないのかなぁ?」
 思わず黙り込んだ三人を横目に、ロベリアは浮かび上がった魚を掬い始める。どうやら、大漁のようだ。


 日も傾きかかった頃、ようやく釣りに満足したらしいイザナギは、釣った魚の入ったバケツを見て、ちぇっと舌を打った。
 バケツの中に入っているのは大半、ロベリアの薬で「釣り上げた」魚で、イザナギが釣り上げたのは僅か数匹でしかない。
「あれれぇ、もしかして釣りたい魚でもいたのかなぁ?」
「いや、そういうわけじゃ」
「……イカか?」
 ぼそりとクロイが呟けば、びくりとイザナギが反応した。どうやら図星のようで、あわよくばイカも釣り上げたいと思っていたらしい。
「イカなら海に行かないと無理でしょう」
「イザナギ君はイカが好きだねぇ」
「イカは健康にいいんだぞっ」
 年齢の大分離れた彼ら相手に、イザナギはしどろもどろに言い返す。
「確かにイザナギは健康体だな」
「頭には良くもないみたいですけどね」
 毒舌な二人に気付かれないように、静かに彼は溜息をつく。
 この二人のきつい言い方は今に始まったことじゃないし、これが彼らのアイデンティティなのだから、下手なことを言って潰すわけにもいくまいと彼は思い直した。
 仕方なしに苦笑いして、
「よし、じゃあ明日は海に行くから、お前ら付き合えよ」
 「なんで僕が付き合わなければならない」だとか「イカの為だけにそこまでするだなんて、暇な人ですね」だとか言っているのをさらりと聞き流し、イザナギはバケツを持って意気揚々と帰り道を歩き出した。



「釣り、行こうぜ」
「それは僕に言っているのか」
 懲りない男に、クロイは溜息をつくが、そんなことはイザナギの知った話ではない。彼は周囲を見回すが、今日は都合良くロベリアやリアが来るわけでもなく、どうやら一人でこの男に付き合うしかないと思うと更に溜息が出る。
「今度はあんな小川じゃなくて大海原に行くからな」
「なんでそこまでイカに拘るんだ。イカなんてその辺で買えるだろ」
 ぶっきらぼうに告げるクロイに、大げさな動作でイザナギは答える。
「クロイ。お前は分かっていない。鮮度というものは常に素材のおいしさに欠かせないものなんだ」
「だからって僕を付き合わせることはないだろう」
 クロイの抗議する声は、イザナギに響かない。




<言い訳>
 イザナギさんのイカネタ…大分遅くなりまし、た…orz
 すみません、イザナギさんのキャラが崩壊しました。
 それと、話の中で使っている漁の仕方は、環境破壊が懸念されますので法律で禁止されています。真似されないよう。

 キールさん、ロベリアさん、イザナギさん、クロイ君、ヤマト君、シブリー君お借りしました、ありがとうございます。(キャラチョイスは、今までお借りしたことのないキャラ+αで)
 それでは、何か問題ありましたらご一報下さい。

夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画