封印の羽根

 お帰り、という声に笑顔で応えた彼は、酒場にいたメンバーを見回して言った。
「アルトは、いるかな」
 開口一番のその言葉に、酒場にいた面々は揃って怪訝な顔をする。アルトは市場に買出しに行っていて、今この場にはいなかった。
「あ? どっかケガでもしたのか? なら……」
「僕が診るよ」
「薬が欲しいのなら、おねーさんもいるよ?」
 口々に手伝いを申し出てくるギルドのメンバーに、ありがたいね、と義春は微笑んだ。
「だけど、今はアルトの僧侶の力が借りたくてね」
「呪いでもかけられたんですかぁ? それならワタクシの出番ですっ。呪い返しの呪具なんていかがです?」
「呪い……かもしれないね」
 神妙な顔で言う義春に、その場にいた四人は顔を見合わせる。
 彼が今日向かったのは、古代遺跡らしきものが見つかった洞窟だ。もしその遺跡にトラップでもあって、それが呪いをかけてきたのなら――その呪いは相当に厄介だろう。
「大丈夫なのか? アルトもすぐに戻ってくるとは思うが……」
「僕には君は普通に見えるんだけど、どんな呪いなのかは分かっているのかい?」
「私じゃなくて、彼女が」
 クレマンの言葉に、義春が振り返って指し示したのは、彼の背後の静かに佇んでいた赤い服の少女――リアだ。
 誰もが彼女の存在に気付いていなかったらしく驚いた表情になるのを見て、義春は一人苦く笑った。
「リアさん、いつからそこにいたんですかぁ?」
「私と一緒に帰ってきたのだけれど」
「リアちゃん、大丈夫?」
 ロベリアに問われ、リアは相変わらずの笑顔でこくりと頷いた。彼女に気付いていなかった彼らに対する嫌味の一つすら、出ない。
「まさか喉笛でも切られた?」
 縁起でもないことをさらりと言い放ってあははと笑うクレマンに、義春は肩を竦めた。
「似たようなものかもしれないね。……リアは、声を封じられたみたいなんだ」
 一同は再び黙り込む。
 彼らの職業はそれぞれ、医者、薬師、料理人、武器職人。呪いや魔法だなんていうものとはある意味無縁な彼らにできることは、現時点では何もない。
 沈黙が重く感じられ始めた頃、紙袋の音をがさがさとさせつつ、ただいまーと明るい声で一人の青年が入ってくる。呪術に対抗できるであろう青い髪の僧侶、アルトだ。
「ちょうどいいところに帰ってきたな。お前向きの緊急クエストが入ったぞ」
「緊急クエスト?」
 ジャンの声に真剣さを感じとったのか、カウンターに荷を置いたアルトは真面目な顔をして、その場に集った面々と向かい合う。
「あぁ。よく聞けよ。リアの声が封じられた」
 一瞬ぽかんと口を開けたアルトの声が、次の瞬間には酒場に響き渡っていた。
「なんだってーーー!! リア、お前大丈夫なのかよ、だから装備はもっと厳重にしろって常々言ってるだろ、本当に大丈夫なのかよ、黙ってたら何も分かんねぇだろ、ほら、何か言ってみろ」
「また無茶な注文をしますねぇ、アルトさんは。喋れないって言ってるじゃあないですか」
 皆が微笑ましく見守る中、エルジェーベトに指摘され、アルトはようやく我に返る。
 普段なら皮肉の一つや二つも飛ばしているだろうリアは、普段通りの笑顔で不気味な沈黙を保っている。その様子を見て彼はようやく納得した。
 彼女は本当に声が出せないのだと。
「それで、診てもらえるかな」
「あぁ、もちろんだ」
 彼は真剣な顔で淡く輝く杖をかざし――数秒後にはそれを下ろすと、首を横に振った。
「悪いけど……」
「アルト君ってばひっどーい。リアちゃんを見捨てるって言うの?」
「それはないんじゃあないですか、アルトさん。いくら普段からリアさんの魔法にはほとほと困り果てているとは言え、女の子のピンチを放っておくつもりですか」
「君がそんなことをするとはねぇ。幻滅だよ」
 にこやかに散々なことを言われ、からかっているだけとも分かってはいたが、アルトは突っ込まずにいられない。
「お前ら人の話は最後まで聞けーっ!! 誰も見捨てるとは言ってねぇだろ、ひっとことも」
 力いっぱい突っ込めば、アルト君ってば怖ーい、とかなんとか言われるのが聞こえたが、そちらの対応の優先順位は高くない。よって、無視。
「リア、それは呪いじゃない、封印だ。どこで誰にどうされたんだ?」
 問いかけられたリアは、いつもと変わらない笑みで黙ったまま義春を見上げ、見上げられた彼は私が話そう、と静かに口を開く。
 向かっていたのは洞窟。
 途中通過しようとした森。
 視線を感じて立ち止まれば――
「……声が出なくなってたってことか」
 ジャンの要約に、リアも頷く。
「一緒にいた義春が無事ってことは、広範囲の魔法じゃなかったろーし」
「さすがに声を封じる植物の話は、おねーさんも聞いたことないなぁ」
「そういう呪具はあってもおかしくはないんですけどねー。でもそれだと誰が犯人でもおかしくないですよ」
「他に何か手がかりは?」
「……多分だけど、ヒト……っ」
 答えかけた義春は突然咳き込み始める。――発作だ。
 すぐに収まらなさそうだと判断したクレマンはさっと席を立ち、義春に付き添って、半ば強引に、二階へと連れていった。
「何言いかけたんだろーね」
「森の中にヒトデでも出たんですかねぇ」
「出るわけねぇだろ」
 エルジェーベトとロベリアの呆けた会話にざっくりと切り込むと、ジャンはリアの前に紙とペンを置く。
「ほら、文字は書けるだろ」
「おぉ、ジャン君ってば意外と頭いいー」
「意外とは余計だっての」
 ペンを取ったリアは「人の可能性は低い」と短く綴る。
「どーしてですか?」
『視線が上』
「……見下ろされたのか。相手の姿は?」
 彼女は何も書かずに首を振る。姿までは見えなかったらしい。
「木の上から? だったら、鳥か小動物かなぁ」
「頑張れば人間だって木には登れますよ」
「そんなに呪具のせいにしたいのか、お前は」
 呆れたようにジャンに言われ、そういうわけじゃないですけどとエルジェーベトは視線を泳がせる。そんな彼女の目に留まったのは、階段を見つめたまま凍りついているアルトの姿だった。
 他のメンバーも、遅まきながらそれに気付く。
「アルト、義春が心配なのは分かるが、クレマンがついてるから大丈夫だろ」
「そうそう。心配しても事態は好転しないよ? むしろ悪化するかも」
 明るく笑うロベリアに、アルトはその表情を引きつらせた。
「今日のおやつはー……あれ、皆どうかしたの?」
 軽い足音を立てながらご機嫌な様子で酒場に下りてきたのはシャルロットだ。彼女は集まった五人を見て小首をかしげる。
「シャルロットか。お前は知ってるか? 声封じそうな魔物とか」
 突然の質問に、彼女は下りてきたそのままの体勢でぴたりと止まり、思考を巡らせる。数秒の沈黙の後、うんと頷いた。
「いるよ。鳥さんの形してるの。このあたりにもいると思うよ」
「それだっ。詳しい話を……」
 いいけど、と彼女が頷く横で、豪快な音と共に別の一人が入ってくる。彼は誰かを探しているようで、酒場の中を見回しては目的の人物に笑顔で寄っていく。
「リア、良かったら手を貸してもらえないか。ちょっと固定してもらいたいものがあるんだ」
「それは、」
「後ですね」
 ロベリアとエルジェーベトの二人に言われ、バーナビーは目を瞬かせた。



 森に一歩足を踏み入れたアルトとバーナビーは、周囲に気を張り巡らせる。今のところ、義春やリアが言っていたような視線は感じない。
『鳥さんがね、声を盗るの。盗った声は飾り羽にして持ち回ってて……旅人とか見つけたらその声を使って話しかけるの。そうやって、森の奥まで誘い込むんだよ』
 と、幼きビーストテイマーは語っていた。声の封印を解くためにはその飾り羽が必要だから、どうしてもその魔物と接触しなければならない。
「この辺りか? その魔物が出たってのは」
「あぁ、多分な。出てこなかったらどうするよ?」
「いそうな場所を探すしかないだろ……っと、何か来たみたいだぜっ」
 にやりと笑ってバーナビーが槍を構えて振り返れば、木の上からくすくすと女の子の笑い声が聞こえてくる。
「お兄さんたち、迷ってしまったんですか?」
 アルトとバーナビーはすっと視線を交わし合うと、二人とも敵意がないことを示すために武器を下ろした。
「あぁ、迷っちまってさ。どっちに行けば出れるか、教えてもらえないか?」
 アルトが頼めば、いいですよ、と機嫌の良さそうな返事が返ってくる。
「……くそ、あいつがいつもこの位素直だったらなぁ……っ」
「そういうことは、後で本人に言ってやれ。それに素直じゃないだろ、あちらさんには下心があるんだから」
「こっちですよ」
 彼らの言葉は恐らく理解していないのだろう――淡々とした声が、少し離れた所から聞こえた。
 声が聞こえ、それを追うように歩く。しばらくすると、また声が聞こえる。そんな誘導される単調さに飽き飽きしたアルトは、シャルロットから得た情報について考えていた。
『声を集めてるっていうことは、たぶん巣立ちしたばっかりだと思うの』
 ――かわいそうだから、殺さないでくれ。そう、彼女は言った。
「なぁ、殺さないで仕留められるのか?」
「やってみないと分からないだろ。無理そうだったら仕方がない。だが、やる前から無理とは決め付けない主義でな」
 申し合わせることなく二人が立ち止まれば、ソレはやはり木の上から「こっちです」と彼らに声をかけた。
「ホントに迷った奴等は、こんな声が上から聞こえてて不思議に思わねぇのかな……」
「本当に困ってたらそんなこと疑問に思ってる余裕はないだろ。……崖か」
 崖――すなわち、森の最深部。
 こんな所まで来るようなもの好きはいないだろうし、一方を崖に塞がれてしまっているために、逃げ道も少ない。
「おい、ここであってるのかよ」
 アルトが声を張り上げて問いかけても、ここまで誘導してきた「声」からの返答はない。
 となれば、魔物はこの場所で二人に襲い掛かるつもりなのだろう。
 罠と知りながらあえてついてきた二人の反応は、速い。
「来るぞっ、二十秒だっ」
「任せろっ」
 反射的に魔法を繰り出したアルトに、バーナビーが吼える。
 飛び出してきた黒い影目掛けて、アルトの強化魔法を受けたバーナビーが槍を振るい――
 ――勝負は、一瞬だった。
「……あっけな」
 一撃で昏倒してしまった黒い鳥を見下ろして、アルトは呟いた。
 彼の目の前に、羽を広げた状態で落ちているのは、黒一色の鳥。バーナビーはあえてとどめを刺さなかったから、今は目を回しているだけで、直に目覚めてしまうだろう。
 その黒い鳥は、一枚だけ色の違う羽根を持っていた。声を封じている飾り羽とは、これのことだろう。
「目的のブツは?」
 槍を肩に担いだバーナビーに問われ、アルトは飾り羽に手を伸ばした。そして、一気に引き抜く。黒い鳥がびくりと反応した気もするが、気にかけることではない。
 手に持った羽根をバーナビーに見せ、これで帰れるぞと彼は頷いた。
「……非常に言いにくいんだが、お前帰り道覚えてるか?」
「は?」



「……もう皆寝てるよなぁ、さすがに」
 森から抜ける道を探すのに手間取られ、すっかり暗くなってしまった空を見上げてはアルトは呟く。
 バーナビーはギルドではなく自宅に帰るため、つい先ほど彼の家の前で別れてきた所だ。
「ただいまー……って、リア?」
 誰も起こさないようにと静かにギルドの酒場に入れば、彼の予想を裏切ってそこには人影があった。
 カウンター席で頬杖をついていたままうつらうつらしていた赤い服の少女は、入ってきたアルトを見てにこりと笑う。
 ――やはり、声はまだ出ないようだった。
「お前も寝てればよかったのに……ほら、手ぇ出してみろ」
 素直に出された彼女の手のひらに、今さっき取ってきたばかりの飾り羽を落とす。
 シャルロットの話では、その飾り羽が声の持ち主に渡れば、自動的に回復するらしかった。

「お待たせ」 by秋待さん
(by 秋待諷月さん)

「ほら、何か言ってみろ」
 手の中でその羽根を弄んでいたリアは、アルトが見守る中静かに口を開き――そのまま閉ざす。
「え? え、待て、まだ喋れないのか? やっぱりなんかタチの悪い呪いにでもかかってるのか? なぁ、冗談だろ?」
 慌てて早口でまくしたてる彼に、リアはくすくすと楽しげな笑みを零す。
「魔法の練習に、喜んで付き合ってくださると解釈しても?」
「な……」
 開口一番の毒舌に思わず絶句したアルトに、小さく「ありがとうございました」とだけ囁いて、リアは逃げるように二階へと駆け上がっていった。



<言い訳>
 あまりにも皆さんが便利そうにリアを使ってくださるもので自分で何か書こうとしてもリアにばかり有利な状況を作ってしまっているような気がしてどうしたものかと延々と悩みなら彼女が魔法を使えない状況にしてしまえばいいんじゃないかとか思い至りそのくらいなら出さなきゃいいじゃないかと思われるかも知れないけれど皆さんのキャラばかりお借りするのはなんとも心許なかった結果です。

 アルト君・群青さん・ロベリアさん・バーナビーさん・シャルロットちゃん・エリィさん・ジャンさん・クレマンさん、お借りしました、ありがとうございます。

 クエストシーン、大幅に端折ってすみません、これ以上のアクションは無理ですorz
 メンバーチョイス? 最初と最後のシーンが書きたかったから、という理由での選択ですが何か。

 何か問題ありましたらご連絡下さい。


夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画