キッチン攻防戦

「マスター、何か飲み物」
「飲み物はあるがコップはないぞ。どっかから拾ってこい」
 外から帰ってきたばかりのアルトがカウンター越しに声をかければ、予想外の答えが返ってくる。
「何だそりゃ」
 彼が説明を求めれば、あっちを見ろと顎をしゃくられた。
 示された方を見れば、コップを積み重ねて遊んでいる二人がいる。
 いや、「積み重ねて」というのは正しくないだろう。コップは横向きだったり斜めだったりと、明らかに不自然な重なり方をしているからだ。
「あといくつくらいいけそーう?」
「そうですね……三つ以上は確実に無理だと思います。目標、固定化します」
 リアの宣言に、更に一つ乗せたロベリアが恐る恐る手を離す。
 宙に留まるのを見届けると、二人してほっと息をついた。
「リアちゃんがんばー。あと二個で二桁なるよっ」
「それを言われると頑張るしかないですね」
 ロベリアに応援されて、リアは近くの机に並べられた多量のコップから一つ手に取る、が、それは背後からすっと抜き去られた。
「何やってんだよ、お前ら」
「見て分からないんですか? コップを積み重ねています」
「そうだよ、折角二桁目前までいったんだから、邪魔しちゃダメだよ?」
 アルトは目の前にいる二人の「敵」に反撃すべく、まずは深く息を吐いた。そして心を落ち着けてから深く息を吸い込み、一気にまくしたてる。
「積み重ねてるのくらい分かるっての。そっちじゃなくて、積み重ねた挙句に何やりたいのかってのを訊いてんだっ」
「なかなか十個積み重ねるのは難しいんですよ? アルトさんもお一つ積んでいきます?」
 悪びれずにもう一個渡されて、アルトは思わず脱力する。怒る気力すらも同時に失いかけたが、ここで自分が頑張らずにどうすると、彼は自身に叱咤激励した。
「違うっての。ってか、これ崩れたら危ないだろ? ここ子供もいるんだぞ? 落ちて、コップが割れたらどうするつもりなんだ」
「アルト君ってば、リアちゃんのこと信用してないんだー。リアちゃんの固定化はすごいから、崩れることなんてないよ」
「信用されていなくても仕方ないですよ。私ってばまだ『子供』ですから。ねぇ、アルトさん」
 全くもって話の通じている気配のない二人に、アルトは諦めて放置しようかとまで思ってしまう。
 本当に自分の言いたいことを理解していないと思われるロベリアも問題だが、分かっているだろうに話を逸らし続けるリアは余計に厄介だ。
「とにかく、このコップは貰っていくからな」
「仕方ないなー。おねーさんが許す」
「何でお前に許可されなきゃいけねぇんだよ。それにリア。こんな危ない遊び、続けるんじゃねぇぞ」
 少し考えるような仕草をして、リアはにっこりと頷いた。
「アルトさんの言いたいことはよく分かりました。落ちて割れる可能性があるのが問題なんですね」
「……あぁ……?」
 変わらぬ笑みで確認を入れられたアルトは、背中を伝う冷や汗を感じながらもあいまいにだが頷いた。

 次の日。
「マスター、なんかフォークの本数少なくね?」
「あぁ、どっかから拾ってこい」
「どっからだよ……って、もしかして……」
 嫌な予感がしてアルトがギルドの中を見回せば、何故かフォークが宙に浮かんでいる一角を発見する。その側にいるのはやはり、昨日と同じ二人。
 思わず彼は、頭を抱え、カウンターの椅子に座り込む。
「どうしたんだ、そんなに頭を抱えて」
 声をかけられても顔を上げる気にならず、アルトは問題の二人組がいる方向を指差した。
「……そうか、お前もやられたのか。あのじゃじゃ馬はどうにかならんのか」
 がさりと今しがた市場から買ってきたらしい大きな紙袋をカウンターに置きながら、ジャンは言う。
「アルト、ここはお前がガツンと言ってやるべきだ」
「それがだな……昨日はコップだったもんで割れると危ないってやめさせたんだ」
「確かに、フォークは割れないな」
「……割れねぇよな」
 二人は沈黙した挙句に同時に溜息をついた。
「てか、見た目通り性格も可愛ければ問題なかったんだけどな」
「はは……何であの魔法はあんなにも便利なんだよ」
 段々視線が遠くなっていくアルトを、ジャンがどつく。
「こら、アルト。お前現実逃避してる場合じゃないだろ? あれ止めなくていいのか?」
「あぁ、そうだな。……って、俺かよ」
「何かおいしいもん作ってやっから」
 だから行ってこい、と手を振るジャンに、アルトは渋々ながらに立ち上がった。
「リアっ。食器で遊んでんじゃねぇっ」
「遊んでません。修練です」
 何が修練だ、と彼が突っ込むのを遮るように、フォークを宙にかざしたロベリアが彼女に声をかける。
「リアちゃーん、これ、ここに固定して」
「はい。目標、固定化します」
 宙に浮いたフォークは何かを象っているようにも見えるが、そんなものはアルトの知った話ではなく、ロベリア相手だとやけに素直じゃねえか、とアルトは心の中で毒づいた。
「お前人の話は聞け。何で今日はフォークなんだよっ」
「コップは割れたときが危ないと昨日あなたに言われたからですが」
 あなたに、をやたら強調しているように思えるのは、アルトの被害妄想なのか、リアの嫌味なのか。
 誰かに助けを求めたくなってきた彼が、微かな期待をこめてロベリアを見るが、彼女は次のフォークをどこに付け加えようかと考えるので忙しいらしく、こちらのことなど気に留めた様子すらない。
「じゃあフォークは危なくないって言うのかよ」
「割れませんよ?」
 怒鳴ってやりたいのを微かに残っていた理性でアルトは思い止まった。ここで怒鳴ればリアの思う壺で、彼女が喜ぶだけに違いない。
「割れなきゃいいって言うもんでもねぇだろ。フォークは刺さるっての」
「割れなくて刺さらなければいいんですか?」
 リアの返答に、頭痛がアルトを襲う。
「次は何を使うつもりなんだよ」
 眉間に皺をよせたアルトが問い詰めても、リアはさぁと肩をすくめるばかりだった。

 更に次の日。
 二階のの階段から降りてきたアルトを阻んだのは、一列に並んだナイフの壁。威嚇するつもりはないのか、それらは全て下をむいている。
 その向こうで微笑んでいるのは、このギルド一の問題児である、リア。
 思わず、アルトは怒りを爆発させた。
「リアっ。頼むから一々言わせるんじゃねぇ。いつぞやのジャンの調理道具といい、一昨日のコップといい、昨日のフォークといい、今日のナイフといい、調理道具も食器も遊び道具じゃねぇんだぞっ」
 彼女は何も言わずにその身を翻す。
 扉の前で彼女はアルトを振り返ると、普段以上に輝く笑顔で、一言。
「固定化、解除します」
 彼女の魔法は自然に解けるし、解除に呪文はいらないはずなのに……とアルトは考えていたために反応が一瞬遅れるが、ナイフが落ちるのは反射的に避けきった。
 足元を見れば、床に突き刺さったナイフの群。
 そうか。これが彼女の狙いだったのか。
「……リアっ!!」
 我に返ったアルトが追いかけようとするも、彼女の姿は既に見えなかった。




<言い訳>
 まず最初に。すみませんでした。
 リアが暴走していてごめんなさい。アルト君とジャンさんの書き分けができていなくてすみません、ロベリアさん登場させたのはいいけれど、動かしきれてなくて申し訳ないです。
 謝る所は多々あるんですが…なんというか、リアばっかり楽しい話ですみませんでした(汗)

 …個人的に書いていて楽しかったのは本当なので、これに懲りずにまた皆様のキャラをお借りしたいと思います。その時はまた、生暖かい目で見守ってやってください。

夢裏徨「月影草
ものかきギルド企画