The Story Carries on



 ばばーんと扉が大きく開かれた時、ヴィルトとかいう寂れた村にあるちっぽけな一軒家では、茶会の準備が進行していた。
 普段は三人しか集まらないところに今は倍以上の七人が詰めかけているが、人数が増えてもやることは相も変わらず茶会で、ラザラインはこぽこぽと音を立てて茶を注ぎ分けているし、ティルラとアルルの二人はカコニスが持つ菓子の箱に釘付けだ。
 マリキヤを含む男子三人は所狭しと並べられた椅子にだらっと座り、手伝うわけでもなく、着々と進んでいく準備を眺めていた。
 今しがた戸を開け放つという派手な登場をし、本来ならばこの場にいる全員の注目を浴びていいはずの人物に目をくれるものは、誰一人としていなかった。
「何をしたんですかっ!?」
 あまりにも華麗に無視されるものだからか乱入者は暫し呆然としていたが、弾んでいた呼吸が整うと室内を見回し、そして叫んだ。彼女がびしりと指を突きつけるのは、菓子の入った木箱を二人の少女の目前でそっと開き、彼女らの歓声に相好を崩す好々爺だ。
「大体、カコニス将軍! あなたは帝国側の人間でしょう!? それがどうして、こんなところで、『傍観者』たちと馴れ合っているんですかっ!」
「はて」
 開いた木箱を男子三人がぼーっと囲んでいる卓の中央に置くカコニスは、「身に覚えがありませんなぁ」とでも続けそうな雰囲気だ。
 菓子を見てアルルと共にはしゃいでいたティルラは、気分を害されたと言わんばかりに戸口に立つ少女を睨みつける。アルルはこそこそとカコニスの背後に移動した。

 マリキヤはあまり信じたくなかったのだが、カコニスとアルルが顔見知りなのはどうにも否定できない事実らしい。
 召喚術の影響で半壊したバルトの街から、帝都の珍しい菓子で釣ってヴィルトまで連れてきた時、彼女はマリキヤやティルラ、そしてクルトの背後から離れなかった。
 だというのに、マリキヤが約束した通り菓子の木箱をぶら下げて現れたカコニスには、にこやかに手を振って見せたのだ。
 アルルがカミである時にヒトであるカコニスと出会った、という証言がまず胡散臭いと思っているマリキヤにしてみれば、それを裏付けるようにアルルが懐いた態度を見せるのは由々しき問題だ。

「旧知の友と友好を深めるのに、何の問題があろうて」
「旧知のって……一体誰のことですか!?」
「マリキヤと、ここの」
 カコニスが自らの陰に隠れるアルルを振り返れば、彼女はバイラをちらちらと気にしながらも菓子への好奇心に負けて木箱に手を伸ばしたところだった。集まった視線に気付いた彼女はさっと手を引っ込めると、フードを引っ張って顔を隠した。
「マリキヤ・フォン・デル・バルトとそのフードは……もしやアルル・フォン・デル・バルトでは? カコニス将軍、あなたはそんな二人と知り合いだったと言うの……!?」
 バイラにフルネームを呼ばれ、マリキヤは思わずむっとした。
 『客人』の来訪やらアルルとの再会やら彼の地《ガランダル》からの召喚やらと色々あって忘れていたが、そういえばバイラからは熱烈な愛の連絡を貰っていた。帝国から『傍観者』への宣戦布告とかいう形で。
「まー、カコニスとは昔一緒に共闘したし?」
「お主はいつも、マリキヤと共にあったな」
 確認するついでにフードの上からアルルの頭を撫で回すカコニスに、アルルはこくりと一つ頷いた。覚えていてもらったことが嬉しいのか、フードから覗いている口元の口角が上がり、機嫌の良さそうな笑みを形作っていた。
「それでバイラは何の用? お茶しに来たの?」
「そんな訳ないでしょう!? 突然魔法が使えなくなって冷静にしていられる魔法使いがどこにいると言うんですか!?」
「ここ」
 頬杖をつき窓の外を見ているアスケロンが、興味もなさそうに淡々と事実を述べる。マリキヤが何気なく彼の向こう脛を蹴れば絶妙な角度に入ったのか、アスケロンは悶絶し、マリキヤはそれをにやにやと眺めた。

 ティルラが現れてからと言うもの、マリキヤはまともに魔法が使えていなかった。魔法の原動力であるカミを、ティルラにごっそりと持って行かれたからだ。
 召喚の術が成功し、彼の地《ガランダル》からクルトが帰還してからは、まぐれで発動することもなくなった。その頃からティルラも陰で魔法の発動を試みては何だか苦い表情で溜息をついているので、どうやら現時点で全てのカミを引き連れているのはクルトのようだ。
 カコニス曰く「うじゃうじゃいる」らしいので、カミがいなくなった訳ではないのだろうが、マリキヤには確かめようがない。

 茶の入った碗が皆に配られると、ラザラインも席に着く。アルルが再び木箱に手を伸ばし、円筒形の焼き菓子を一つ手に取った。マリキヤも回してもらった箱から一つ取り出せば、焼き菓子でできた筒の中に白く柔らかいものがぎっしり詰まっている。
 初めて見る帝都の新商品とやらをじっくりと鑑賞していたマリキヤがふと顔を上げると、カコニスの右、マリキヤの真正面から少し左にずれた席に座るアルルの姿が目に入る。この世の幸せをぎゅっと凝縮したような笑顔を振りまいて、彼女は菓子を頬張っていた。彼女の笑顔を守れるのならば、何だって差し出そう。そうマリキヤに再確認させる良い笑顔だった。
 口の中のものをごくんと飲み込むと、ふとアルルが言葉を発した。
「カミを惹きつけるのが、魔法使いとしての強さ。その昔存在した。世界中全てのカミを惹きつけてやまない魔法使い」
「始祖の話でしょう? 私だってその位知っているわ、馬鹿にしないで」
「いや、君は知らないと思うよ」
 バイラとアルルの間に静かに割って入ったのは、人形のごとく微動だにせず今まで黙っていた白銀の髪の少年だった。彼の地《ガランダル》から帰ってきたばかりだからか、見た目の年齢に似合わない落ち着きと疲れ切った雰囲気を纏っていた。
「今やただの物語に成り下がっているけれど、あの伝承は未完。あの中で語られる始祖の家は潰えておらず……どこに行くのかな、バイラ・クインベル」
 伏せられていた濃青の瞳がゆっくりと上げられ、バイラをその視界に収める。彼は一見穏やかで落ち着いていたが、その目も声も冷ややかだ。バイラ自身、向けられた敵意をひしひしと感じるのか、顔色が悪く逃げ腰だった。

 何故クルトがバイラに怒るのか。はっきりとした理由はマリキヤには分からないが、アルルには蜜よりも甘い彼の一面を先日見たから、アルル関連だろうとは見当がつく。
 バイラがアルルに嫌がらせでもしたことがあるのか。先日はティルラが、アルルは帝国に処刑されたことがあると言っていたから、その繋がりかもしれない。そういえば「フォン・デル・バルトの名で呼ばれるのは二人」などと口走っていたから、マリキヤがバイラから受け取ったような宣戦布告がアルルにも送られていたのかもしれない。
 正直、それはバイラが悪い。マリキヤだって可能性を考えているだけでバイラを殴り倒せそうだった。

 すぐに逃げ帰るかと思ったバイラは、未だ戸口に突っ立ったままだ。恐らくだが、彼女は動けないに違いない。何故ならば、今この場にいるカミは全てクルトの指揮下にあり、この場はクルトの支配下にあると言っても過言ではない。
 他の誰にも魔法の発動を許さないクルトの強さ。そして唐突にも思える、アルルによる始祖の話。これらはクルトが伝承に語られる始祖だと示唆しているのではないか。いくら世界最強と謳われていたマリキヤだって、伝説として語り継がれる初代魔法使いとは争いたくない。そもそも、争えるだけの手駒(カミ)がない。

 円筒形の菓子の端を咥えて中身を吸っていたマリキヤは、ひぃっと裏返った声を上げるバイラを他人事として眺めていた。
 前世のアルルが決して語らなかった始祖の話。当時はその理由が分からなかったが、今ならばマリキヤにも分かる気がする。伝承の元となった彼を知っているからだ。

「始祖相手じゃあ、勝てるわけないねー」

 物語は、今日も続いている。



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