選んだ理由



「君、魔導士になってみる気はないかね?」
「ねぇよ」
「ではここにサインしたまえ」
「待て。なる気ねぇって言っただろ、聞いてなかったのかよ」
「聞いていたが、君に拒否権があるとでも思っているのかね」
「だったら聞くなよ」
「どうせ他にやることもなくて暇なんだろう? ならば君の時間を買い取ろうと思ってね」
「普通に雇用契約って言えよ」
「分かったのならば早くサインしたまえ」
「待て。その前に契約内容読ませろっての」
「拒否権がないと言ったのをもう忘れたのかね。読みたければ後で読めばいい」
「なんの悪徳商法だよ、それ」



「っていうかさ、何で俺?」
「ヴィル君。君は今更になってそんなことを訊くのかね?」
 やれやれと呆れたように、アロイスが首を振る。
 かなり強引に押し切られて魔導士になってから、早くも数年が経ってしまうらしい。だというのに未だ自分なんかが魔導士をやっている理由も分からなければ、この職が好きか嫌いかすら分からない。
 少なくとも、泣き叫んで己の過去の過ちを嘆く程嫌いではない、のは良いことだろう。
「いやだって、どうせ勧誘するならブラントミュラーだろ。それかさ、家柄はあれだけどフィードラー」
「あぁ、ユリアーン君からは是非とも良い返事を貰いたいものだね。エベルハルト君もこれから伸びるだろう。二人は仲が良いようだし相性も良さそうだから、本音を言うのならば二人揃って欲しいものだ」
「や、それは欲張り過ぎだろ」
 ユリアーン・ブラントミュラー。
 代々の魔法使いの出身で、父親はアロイスも一目を置くレオンハルトだ。
 街の防御の為に父子揃って引き抜きたいところだが、レオンハルトは音信不通、ユリアーンにはのらりくらりと逃げられているのが現状だ。
 フィードラーの家から魔法使いが出たという話は聞かないが、エベルハルトの才能にも目を見張る物がある。
 ユリアーンもエベルハルトも魔法に対して強い関心を示していないが、ふらりと訓練場に現れてはその実力を見せつけていく。差はあまりにも明らかで、悔しいとすら思わない。
「で、だ。だから何で俺なんだよ」
「他にやりたいことでもあったのかね?」
「……や、ねぇけど」
「ならば問題あるまい」
「そういう問題じゃねぇし」
 実力から言うのならば、アロイスが本気で落とすべきなのは先の二人だ。
 それが何故あえて自分だったのか。彼の判断には首を傾げざるを得ない。
「ヴィル君。魔導士というものは、早咲きである必要はないんだよ。20年後、30年後といった将来、この街を守りきれるだけの力さえつけてくれるのならば、遅咲きでも構わない。いやむしろ、戦略といったものは遅咲きの方が長けていることが多い。早咲きだと、戦略に必要性を感じない者が多いからね」
「あぁ……なるほど」
 近い将来花開くであろう才能を見越しての、自分という選択。
 そういう理由で選んでもらえるとは、なんと嬉しいことだろう。
「……なんてね。君なら押せば承諾してくれるだろうと思っただけさ」
「は? 待て、アロイスっ!」
 ……感動は、すぐさま打ち破られた。



The Old Magic
月影草