悪戯心



 持っていたペンを置き、伸びを一つ。ずっと座っていたので少しは身体を動かそうと立ち上がれば、ふと、安楽椅子で気持ち良さそうに眠っている人物が目に入った。
 彼が構って欲しそうに入って来た時は丁度忙しくしていて放置したら、飽きてそのまま眠ってしまったらしい。
 すややかに眠っている彼の寝顔を見ていると。少し、いたずらをしたくなるのは人情じゃないだろうか。
 今、机の上に戻したばかりのペンを手にし、たっぷりとインクを含ませる。
 王道で頬に渦巻き。いやそれとも髭。
 一瞬だけ悩むも、起きてしまう前にとささっと描き上げた。
 しかも、起きない。
「……」
 これはもう少し描き足すべきか。逡巡したところで、ドアをノックされた。
「おーいユリ、いるか?」
「はい、いますよ?」
 入って来たのはヴィル。彼はユリを見、エベルを確認し、ユリに再び視線を向け、エベルを見直した。
「……お前、やるな」
「ヴィルもどうですか?」
 にっこりと笑ってペンを差し出す。
 苦い顔で暫く躊躇っていたヴィルは、何か思いついたのか、エベルに近付く。
 と、丁度その時。
「……ん」
「うわっ」
「なんだよ、ヴィル」
 タイミング良く目を覚ましたエベルは、ヴィルの持っていたペンを発見した。
 ん、と彼は頬を拭う。まだ、さっき描いた跡が乾いていなかったらしく、彼の手の甲には黒いインクが擦れてついた。
「おい、人が寝てる間にお前はそーいうことするのかよっ!?」
「ややや、俺じゃねーっての!」
「お前、現にペン持ってんじゃんかっ! お前以外の誰がするってんだ!」
「いるだろ、俺より先に部屋に居た奴っ!?」
「人のせいにしちゃいけませんって、幼い頃に習わなかったのかよ!?」
「だから、人のせいにも何も、俺じゃねーっ! ユリ、お前もなんとか言え!」
「楽しそうですね、お二人とも」
「そんな言葉が欲しいんじゃねぇよっ!? エベル、今夜は覚悟しとけっ!」
「や、それ俺のセリフだし」
 だん、とペンを突き返し、ヴィルは部屋から走り去るように出て行った。
 結局、彼の目的が何だったのかは分からない。
「でさ。これ、お前だろ?」
 エベルが落書きされた左頬を指して言う。
「あれ、なんでバレました?」
「俺、ヴィルだったら起きるし。さっきみたいに」



The Old Magic
月影草