本当の血縁には、なれないけれど。



小さな幸せ




 またも依頼で他4人が出払ってしまった午後の昼下がり。
 宿の一室で一日中過ごすのも味気ないと、ソフィアとクラウスの2人はこうして街中に繰り出した。
 その辺りの店を適当に覗き、どこかのカフェでお茶でもして、そうしたら他のメンバーも帰ってくる頃ではないかとクラウスは思っている。
「……そんなシケた顔してやがるんじゃねーです。そんなにあたしの横を歩くのが嫌っつーんですか」
「いや? 若いお嬢さんの隣を歩かせてもらえて光栄だよ?」
「ならもっと嬉しそうな顔をしやがれってーんです」
「手厳しいなぁ……」
 16歳。その年齢を若いとしみじみ思ってしまう辺りに、クラウスは自分の年齢を感じる。
 16は若いというよりも、まだ「幼い」。世界を知らず、止めるものさえなければどこまでも自分の夢を追って行ける、希望に満ちあふれた年齢だろう。しかし、一度夢から覚め、現実に気付いた時、彼らははたと立ち止まるのだ。自分は何故、ここまで来てしまったのかと。こんな所で、一体何をしているのかと。
 なんて遠くまで、来てしまったのかと。
 旅で、周囲に知り合いがいない環境で、得られる自由は甘美だ。けれどその裏にある孤独に耐えられるかは結局、本人にかかっている。
 一行に加わり楽しそうにやっている彼女は、きっと挫折する事なく、その目的を果たすだろう。

「……」
 確かこの辺りに、品の良い、以前来た時にクラウス自身気に入ったカフェがあったと思ったのだが、入る道を、曲がる角を間違えたのか、なかなか辿り着かない。違う店でも良いかと彼が思い始めた頃、斜め前を歩いていたソフィアの視線が一つのショーウィンドウでぴたりと止まった。何が置いてあるのかと覗いてみれば、少女が好みそうな可愛らしい雑貨店である。
「見ていくかい? 良いよ、時間ならあるからね」
「べ、別にそんなんじゃねーです」
「うん、見た目的に君の彼氏としては付き合えないだろうけれど、父親代わりにならば僕にもなれるんじゃないのかな」
 きょとんと、目を瞬かせた彼女の表情が一瞬嬉しそうに輝き、照れ隠しなのかふいとそっぽを向いてしまった。
「父親同伴で買い物する年頃の娘がどこの世にいるってーんですか。それに昨日は不満気だったっつーのに今日は父親面なんて、どーいう風の吹き回しなのか説明しやがれってんです」
「うん。よくよく考えてみれば僕は君の父親でもあれる程度に年齢は離れているし、まぁそんなに老けて見えると言われればショックだけど、そういうのも——本当の家族と周囲に思わせる関係というもの悪くないかなと思ったんだよ」
 ショーウィンドウに薄らと映る自身の影と、ソフィアの影。サングラスで視線は隠されていても、微笑みくらいは彼女にも見て取れたのではなかろうか。
 ソフィアはくるりと振り返り、びしりと指を突きつけた。
「父親っつーんなら、可愛い娘のおねだりも聞いてくれるっつーんでしょうね」
「お手柔らかに頼むよ?」
 断られると思っていたのか、クラウスの返答に彼女はぴたりと動きを止める。その顔には、どこか不信感を拭えない瞳が——否、彼の言葉を鵜呑みにして良いものか、彼にそこまで頼ってしまって、馴染んでしまって良いものかという、躊躇いがそこにはあるのだろう。
 クラウスは僅かに苦笑して、店の扉に手をかけた。
「一度言った言葉を覆したりなんてしないよ。ソフィア君、ほら、おいで」
「そんなにお人好しだと、その内つけ込まれて痛い目みるってんです」
 憎まれ口を叩きながらもクラウスが開いた扉を、彼女は潜る。きょろきょろと店内を見回し始めた彼女に笑みを零し、彼は扉を閉めた。







<言い訳>

 ぁさぎさんの「小さな嘘」を受けまして、後日談・クラウス視点として書かせて頂きました。
 ソフィアちゃんお借りしております、ありがとうございます!
 何か問題がありましたら、ご連絡ください。



登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画