忘れられない思い出を、君に



「出発が延期になりました」
 宿の一部屋に集まった面々を見渡し、リューがいつも通りの口調で淡々と告げる。え、と目を丸くしたメンバーを他所に、スカイアがやはりいつもの調子で応対した。
「そりゃまたなんでだ?」
「この先の街道が通行止めだからです」
「なるほど、それじゃ仕方がないな」
 淡々と結論だけ述べるリューと、あっさり受け入れるスカイアのやりとりに、クラウスは苦笑する他ない。
「通行止めって、どういうことなのか説明しやがれってぇんです」
「うん、通れないってことだよ、ソフィア」
 どうやらからかっているらしいリューに、ソフィアは剣呑な表情を見せる。そんな彼女をまぁまぁとなだめ、クラウスは口を開いた。
「この辺りは元々結構温暖な気候なんだけど、今年は寒波に見舞われたらしくってね、この先の街道が雪に埋もれてしまったらしいんだ。普段温暖なだけあって雪に対する装備もない。だから、明日と言っていた出発を延期して、雪融けまで待とうかってリュー君と話していたんだ」
「選択肢は戻るか待つかの二択です。さぁ、回答をどうぞ」
「えええ、自分っすか?」
 突然回答を迫られたユーヒが目を白黒させている間に、クロバが言葉を滑り込ませた。
「戻ると簡単に言われますが、どこまで戻るおつもりですか? ハンブロックの麓町まで戻れば確かに分岐がありましたが、そこまで戻るのも……」
「うん、だからおれは基本的に待つの一択かなって思ってる」
「それを先に言いやがれってぇんです」
「いや、一応全ての選択肢を提示しておかないとフェアじゃないかなって?」
「なら」
 ぱぁっと顔を輝かせたユーヒが、リューにすがるように告げた。
「通り、見てきていいっすか!? なんか人と物が一杯で楽しそうだったっす!」

 宿場町ユル。
 大陸の東西を繋ぐ主要街道の一つに、その街は存在する。この街道は昔から人通りが多く、街と街との丁度中間地点であるこの付近で一夜を明かす旅人は、宿場町が出来上がる前から多かった。特に産業や名所などはないが、冬の間に立てられる市は有名で、各地から人が訪れる。ユーヒが通りに見たのが、正にその、今大賑わいの市だ。
「うわぁ……」
 そう感嘆の声を漏らしたのは、一体誰であったのか。
 ログハウスのような見た目の屋台が、広い大通りに所狭しと並べられている。雪が舞散る中、手をすりあわせる人々が寒さを忘れ、屋台に灯されたオレンジ色の暖かな光を見つめていた。市の中には人も物も溢れかえっており、光の色だけではなく、本当に暖かそうだった。
「まるでおもちゃ箱から飛び出してきたみたいですね」
「ならお片づけしなくちゃね、ユーヒ」
「そんな大きなおもちゃ箱があるんっすか!?」
「ただの比喩だってぇんです」
 通りの端から市を眺めつつ、そんな会話を繰り広げていれば、一番近くの屋台から声がかかる。
「あんたたち、そんな所に突っ立ってたら寒いだろう! ほら、シチューなんてどうだい? 身体の中から温まるよ!」
 そんな声に釣られてか、ユーヒの鼻がひくひくと動いた。
「リューさん、自分もう腹ぺこで死にそうっす。何か買っていいっすか?」
「どうせならあたしは、季節限定品とか、この地域の特産とかが食べてみてぇってんです」
 要約すれば、シチューだなんてどこででも食べられるものは嫌だ、というのがソフィアの主張である。決定権を委ねられたリューは、徐に頷いた。
「うん、二人の主張はよく分かったから、とりあえずまずは一周してみようか」
「そりゃ、てめぇが一周してみたいだけじゃねぇんですか!」
「バレたか」
 ソフィアの抗議にもめげず、悪びれもせずにリューはさらりと言ってのける。不満気なソフィアとユーヒの二人を市の中へと追いやりつつ、リューはクロバを見遣る。彼女はリューたちの後を着いて歩きながら、後ろを振り返っていた。
「あのお二人は、よろしかったんでしょうか……」
「多分、ね」
 後から追いかけると言った年長の二人が来る様子は、ない。



 リューたち四人を先に市場へと送り出せば、がらんと静かになった部屋は暗く、寒々しく思われた。賑やかな仲間たちと共にならばまだしも、一人寂しくこの部屋で冬を越すのはご免被りたいというのが本音だ。
「それで? この間の街みたいに、麻薬取引が横行しているだなんて言ってくれるなよ?」
 スカイアが言っているのは、メルカディロでの一件だ。あの時は夜遅くで皆は既に眠ってしまっていたから、だからスカイアとクラウスの二人で行動したのだった。
「言わないよ。君が変なことに首を突っ込もうとしない限りはね」
「だが、あの四人を先に出したってことは、あの四人には聞かれたくない話なんだろう?」
 疑いもせずに言い切ったスカイアに、話が早くて助かるよとクラウスは頷く。
「聞かれて困る話ではないんだけれどね、あの四人をどうしても驚かせたかったんだ」
「ほう。それはどうやって?」
 何か良い案があるのかと、スカイアの空色の瞳が、楽し気にきらめいた。
「ユルの市場はそもそも、この時期の宗教行事にちなんで立てられたのが発端でね。最近では宗教色は薄くなっている代わりに、家族と共に過ごす日、としての意味合いが強くなってきているらしいんだ。寒い中雪山を越えてきたこともあるし、どうせ一月二月をこの町で過ごすんだ。なら、少し息抜きをしても良いとは思わないかい?」
 微笑みと共に告げられた言葉に、スカイアはにやりとした笑みで返した。それは当然、了承の意味だ。



「結局クラウスさんたち、来られなかったですね」
「どうせどっかで道にでも迷いやがったんでしょ」
 そう言いながらソフィアが手に握っているのは、小さなクマの人形だ。この辺りの地域の伝統衣装が着せられたそれは、いつの間にかクロバとソフィアの二人がお揃いで購入したものらしい。
「スカイアと一緒なら大丈夫かと思ったんだけど、クラウスのうっかりの方が強かったか」
「スカイアさんとクラウスさんってば、いつの間にか何かの勝負してたんっすか!? 早く言ってくださいよリューさん、自分も参加したかったっす!」
 すっかり暗くなってしまった道を通って宿に戻れば、部屋の灯が点いているのが見える。クラウスかスカイア、どちらか片方は部屋にいるらしかった。
「市は嫌いだったんでしょうか……?」
 部屋の灯に同じく気付いたらしいクロバが、小さく呟いては小首を傾げた。分からない、との意味で首を緩く振って見せ、リューは宿に入る。
 あてがわれた二階・角部屋の戸を大きく開け放ったその時、ぱぁん、と軽く何かが炸裂した音がして、紙吹雪のような、しかし、紙よりももっときらきらと輝く何かが、部屋に入ったリューの、ユーヒの、クロバの、ソフィアの上に舞い落ちた。
 部屋の隅、窓の横には大きなツリーが置かれ、市で見かけたような飾りがぶら下げられている。どうやらクラウスが紋章を施したらしく、彼の魔力と同じ優しい光が、ロウソクの火と同じように揺らめきながら、けれどロウソクよりももっと明るく部屋の中を照らしている。部屋の中央に置いてあった木のテーブルには、赤いテーブルクロスがかけられていた。そのテーブルの上には、サラダやパイなどがずらりと並んでいる。
 ソファーに座って談笑していたスカイアとクラウスだったが、部屋の変わり様に驚きを隠せない四人に、彼らは笑顔を向けた。
「メリークリスマス」







<言い訳>

 コンセプトは「クリスマス」。とりあえず、それっぽいものが書けたので満足です(笑) 冬から春にかけての話を…と思ったので、ヒース君加入前になってしまいましたが………。

*町の名前:ユル(Jul)
 今回はスウェーデン語で「クリスマス」の意味。スペイン語は響きが悪かったんです(真顔)

 リュー君、ユーヒ君、クロバちゃん、スカイア兄さん、ソフィアちゃんお借りしました、ありがとうございます。
 何か問題がありましたら、ご連絡ください。



登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画