雪の降る部屋 30分小説「雪」




「……うん?」
「だから、雪を降らせるような道具を作って欲しいんだってば、クラウス。もしかして、寒くなって来たから森の奥の熊みたいに頭が冬眠中だったりする?」
「冬眠か、それも良いね」
「え、クラウスさんって冬眠するっすか!?」
「……冗談だよ」
「クラウスが言うと全然冗談に聞こえないのを、そろそろクラウスは自覚すべきだと思うんだ」
 リューに真顔で道具の製作の話を持ちかけられ、上目遣いにユーヒに求められ、別の道具について考えていたクラウスは一瞬反応できなかった。だからといって適当な言葉を返してみれば、この反応である。
「で、できるんすか? できないんすか?」
「今日はやけに急かすね。できなくもないよ? ただ」
「条件による?」
「そういうこと」
 「雪」は気象現象である。広い範囲に降らせようと思えばやはりそれだけの魔力と、それだけ複雑な紋様とが必要になってくる。当然、製作には時間がかかるだろう。だが、「雪に似た現象」を「狭い範囲」に起こすだけだったのならば話は変わってくる。規模によっては子供の玩具まで価格は抑えられるだろうし、一時間程度で作る事もできるだろう。
 それは、リューたちも分かっている筈だ。
「じゃあ、窓から見える範囲ならどうっすか!?」
「それは途方もなく広くもなるんだけれど……」
「いっそ部屋の中に降らせちゃえばいいと思うんだけど」
「部屋の中?」
 ならば本物の雪はまずいだろうかと、クラウスは考え始めた紋章を頭の中で打ち消す。
 二人の態度からして、どうやら急ぎの製作依頼であるらしい。ならば一番簡単に書き上がるのはどれであろうかと、頭の中に浮かび上がるいくつもの紋章案を手早く考察しながら、次々に却下して行く。
「うん。部屋の中なら、そんなに広くないからそれなりに簡単だよね?」
「なるほど! 確かにそれならできるっすよね!? クラウスさん!」
 そうだねぇ、とクラウスは机の上に出していた紙とペンを握る。
「それは本物の雪じゃないと駄目かい?」
 クラウスの質問に、そんなことを訊かれるとは思っていなかったのだろう、ユーヒとリューは顔を見合わせた。
「自分はやっぱり本物じゃなきゃいけないと思うんっす!」
「いや、ユーヒ。考えてもご覧よ。もし本物の雪を室内に降らせたら、その後の部屋はびっしゃびしゃで悲惨を通り越して無惨だよ。さすがにそれで賠償請求されるのはおれも嫌だから、その辺は適当に誤摩化してよ、クラウス」
「君はまた真顔で無茶な事を……」
 それならば幻影に留めておくのが簡単だろうかと、描き始めた紋章を止め、違う紋章を描き始める。
「この紋章ならば、雪か降っている風景を投影する事ができるけど、それで良いかい?」
「嫌っす! やっぱ本物がいいっす!」
 駄々をこねるように、どうにかしてほしいとユーヒが懇願する。クラウスがちらりとリューを見遣れば、彼はどうやら決めかねている様子であった。
「分かったよ。降らせるのは本物、でも床に届く前に消える。そんな陣でどうだい? ちょっと時間はかかってしまうけれど」
「どのくらい?」
「どのくらいの持続時間がお好みかな?」
 またまたユーヒとリューは顔を見合わせ、けれど今度は答えが決まっているらしく、ユーヒが満面の笑みで力強く言い切った。
「一晩保てば十分っす!」

 三日後、出来上がった道具を手にユーヒが喜んで飛び出して行くのを、リューとクラウスは後から追いかけた。
 道具を届けるのはユーヒの役目だと、リューが強く押したからでもある。しかし、自分が作った道具の効果を、成果を、クラウスが見届けるのは道理であろうともリューは言った。
「あぁ、あの部屋」
「うん?」
 ユーヒが数分前に入って行った一軒家の二階。オレンジ色の優しい光が、その窓から漏れ出ている。
 どうやらユーヒはその部屋にいるようで、丸い帽子の影がぴょこぴょこと時たま跳ねる。
 部屋の中に雪が舞散る様子までは外からでは見えないが、その部屋で、きっと誰かと一緒に雪を鑑賞しているのだろうと、そうクラウスは思いながら目を細めた。
 やがて、白いレースのカーテンが開き、中から少女が、ユーヒと共に顔を出す。
 彼女は、下にいたリューとクラウスに、満面の笑みを見せて手を振った。
「あの子、雪って見た事ないんだってさ」
「うん? 近くの山にならば、毎年でも降るだろうに。確かに街中は厳しいだろうけれど」
「うん。だから友達は全員雪って見た事あるんだよ。だけど彼女、足が悪いらしくってね。登山は無理なんだって」
「あぁ」
 納得して、クラウスは頷いた。
 偽りでも「本物」の雪を、ユーヒは見せたかったのだ。







(2013/11/30)


登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画