ヒーロー熱 30分小説「熱・カップ」




「ヒーローに、なりたーいっ!」

「あいつ、一体何やってんだ?」
 絶叫して狂ったようにがちゃがちゃと手に持った「何か」を振る赤い少年・ユーヒを遠巻きにしてスカイアが呟く。
「あぁ、願掛けだって」
「おみくじ、というものだそうですよ。この辺りの地域独特文化だそうで、吉凶を占うんだそうですよ」
 リューの短い返答を補うかのようにクロバが言葉を続ける。
「ほー、そのおみくじとやらは、あーやって叫ぶのが主流なのか?」
 スカイアはきょろきょろと辺りを見回してみるが、叫んで何かを未だ振り回しているユーヒに苦笑しながら避けて通って行く人ばかりで、同じような物をたとえ持っていたとしても、皆が静かに神妙な面持ちで軽く振っているだけだ。
「ユーヒにはここの地域独特に静かな文化が分からねーんです。馬鹿はああやって、見せ物になってればいーんです」
「吉凶を占うだけではなくて、悪い運気を落とし、良い運気を引き寄せる意味合いもあるらしいね。だからリュー君が言った願掛けというのも、間違いじゃない」
「お、俺も願掛け、しようかな。友達……」
 完全に他人の振りをしている六人の目の前で、気が済んだのかユーヒが最後に一振りする。周囲と同じく出てきた棒を見て、彼は首を傾げた。
「ヒーローにはなれそうかい?」
 笑いまじりに問いかけたクラウスに、「良く分かんないっす」と彼は言う。
「棒には何が書いてあったんです。見せやがれです」
 ソフィアが奪い取るようにして、ユーヒから棒を受け取る。皆で覗き込めば、そこに言葉はなく、代わりにイラストがあった。丸いカップ、上がこんもりと膨らんで、恐らくトッピングされているのはクリームとチェリー。
「カップケーキ、でしょうか?」
「吉凶占いじゃなかったのかよ、それは」
「カップケーキでも食べてたらヒーローになれるんじゃない?」
「そう、なんすか?」
 真顔で告げたリューの言葉に、ユーヒは目を瞬かせた。「カップケーキを食べる」という行為は、ユーヒの持つ「ヒーロー像」と一致しない。
「考えてもご覧よ。ユーヒが沢山カップケーキを食べれば、それだけ小麦粉が売れ、卵が売れ、砂糖が売れ、ベーキングパウダーが売れ、牛乳が売れ、それらの販売ルートにいる人々が助かる。ね、人助けでしょ?」
「なるほど! 確かにそうっすね! 分かったっす! 今からカップケーキを食べに行くっす!」
 意気揚々と拳を掲げるユーヒを、リューは満足げに見つめ、一つ大きく頷いた。
「おい。いいのかそれで。クラウスも笑って見てないで止めろよ。純粋なユーヒが真に受けるだろ」
「うん? それも一つに人助けだと思うし、いいんじゃないかな。彼も納得しているみたいだしね」
「いや、正確には納得させられただろ」
「『納得した』事実に変わりはないよ」
「あー、そうかい」
 どうやら振った相手が間違えだったらしいと、スカイアは半眼でクラウスを見た。しかし、彼は動じない。
「カップケーキと訊いたら、私も食べたくなってきてしまいました。どこかに美味しいお店はあるでしょうか?」
「ユーヒに勘で探させればいーです。問題ねーです」
 どうやら女の子二人は乗り気なようで。
「じゃあ、午後のお茶会にしようか。ユーヒ君の野望を果たす為にも」
 ふらりと歩き始めた一行の背を見ながら佇んだままのリューを、スカイアは見やる。リューはスカイアが待っている事に気付いてか気付かずにか、ぽつりと呟く。

「すごい良い値段のカップケーキならば、それを消費するだけで経済を回して、実際に人助けになると思うんだ」

 スカイアはとりあえず、聞かなかった事にした。







(2013/9/15)


登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画