夏は夏でも 30分小説「夏」




 憂鬱。その一言に尽きるだろう。

「夏っすね! 待望の夏っすね!」
 ユーヒがはしゃいだ声で言う。そんな彼は、旅路の途中で見つけた川の中に、靴を脱いでばしゃばしゃと水遊びを始めた所。
 いつもながら無表情のリューも、やはり暑かったのだろう、水に足を浸して涼をとっていた。
「ねぇ」
 ふと思いついたように、彼は振り返る。
 視線の先にいるのは、長袖長ズボン、サングラスはともかく、帽子もマフラーも絶対に外そうとしない、その服装からは全く夏を感じられない男。彼は、川から少し離れた木の木陰に座っていた。
「何?」
 水面の反射が目に痛いのか、サングラスをきちっとかけなおしつつ、彼、クラウスはリューを促す。
「暑くない?」
「川の水はぬるいのかい?」
「違うよ」
 まさか、と思いながらのクラウスの言葉を、リューは短く否定した。
「クラウスの服装が」
 彼と旅を共にするようになってから、一体何度同じ会話が繰り返されたことだろう。見た目が暑苦しいのはクラウス自身にも自覚はあるのだが、肌の弱さばかりはどうにもならない。
「だからね、リュー君。僕の服は、涼しくなるような魔法が付加されているから平気なんだって」
「そうだったんっすか!?」
 がばりと反応したのはユーヒ。もちろん、というのには分かりづらいが、クラウスの発言は冗談である。
「いや、その、ユーヒ君……」
「あーあ、下手な冗談言うから、素直なユーヒが信じちゃったじゃないか。どう責任取るの、これ」
「そうだね……本当に魔法付加して、涼しく過ごせるようにでもしようか」
「でもそれじゃ、見た目変わんないよね」
「変わらないよ。だから、これに慣れてくれないと」
「慣れられないって言ったら?」
「クラウスさんを脱がせばいいってことっすよね!」
「うん、そう」
「え……」
 ユーヒが分かって発言しているのかはともかく、リューは確信犯で間違いがないだろう。
 クラウスは度々思うのだが、どうしてこの二人はこうも息がぴったりなのだろうか。理解できないのは世代格差かもしれないと、本気で考えるときがある。
「まずはそのマフラーからだね」
「頭から水でもかけてべっしゃべしゃにしたら脱ぐっすか!?」
「あぁ、それいいかも」
「らじゃっす!」
「だから……っ!」

 夏は憂鬱。
 暑いのは苦手。
 それでも、こんな夏は、悪くない。





おまけ

「べっしゃべしゃにしてやったのに、クラウスさん脱がないっす……」
「諦めて一回脱げば良いのに」
「夏だからすぐに乾くよ。それに、水を被ると意外と涼しくなるものだね。次も考えておくよ」
「作戦失敗っす……」
「クラウスも強情だね」
「君たちが諦めてくれれば、話は早いんだよ」







(2013/6/30)


登録者:夢裏徨
HP:月影草
Good Day Good Departure企画