非日常の科学



 空から人が降ってくる。
 それは既に世間一般に広がっている認識だった。
 それは天候でも無ければ天災でもない。
 それは日常の中に潜んだ非日常。
 その者たちははどこから来ているのか。
 どうして空から降ってくるのか。
 それは、全く分かっていない。
 ただひとつだけ共通して言えること、
 それは降ってくるのは『思春期の少女』だということだ。
 彼女たちは空から降ってくるが地面に衝突するのかと思いきや、衝突の瞬間に再び消えさってしまう。

 そんな彼女たちが地面に設置する直前に受け止める猛者が稀に現れる。
 そういった少女を受け止めた者たちは『キャッチャーと呼ばれた』

 これは、そんなキャッチャー達の物語である。

(//以上共通プロローグ)



「降ってくるんだとよ。女の子」
「ふぅん。それで?」
「興味なさそうだな。お前ら」
「興味ないわね。飛び降りたら女の子なんて、どこからでも落ちてくるじゃない」
 海の向こうから突如やってきた客が二人。面白い話を聞かせてくれというから、興味深そうな話をしてやればこの反応だ。
 こいつらの面白がる事が未だに分からねぇ。
「落ちてくるんじゃねぇ。降ってくるんだ」
「空から? まさか。科学的にそれ、どう説明するつもりなのさ」
「まだ説明されてねぇよ。お前ら、挑戦するか?」
 どうしよっかな、と画面の中で青年が呟く。
「暇つぶしにはなりそうね。輝安。頻度は?」
「たまにだよ」
「あら、科学者の風上にも置けない答えね」
 くすりと少女が笑う。
 こいつの笑顔って、どうにも慣れねぇんだよな……表面的な笑みって言うか。いや、そのものなんだろうけど。
「で? その女の子はどうなるわけ? 落下距離にもよるけど、無傷じゃすまないわよね」
「消えるんだと」
「消える? 現れてから消えるまで、本当に物理法則を無視してくれるものだね。従っているのは重力だけ? 冗談」
 いや、俺はそもそもお前ら二人がこっちに遊びに来たことを冗談と言いたいんだが。
「じゃあ、そもそも存在しないと考えるのが普通ね。幻覚、もしくはなんらかの映像を見せられているだけ。映画かなにかの広告かしら。派手にやるのね」
「いや、そうと決まったわけじゃねぇだろ」
「じゃあ、輝安はどう考えるのさ」
 く……きやがった。お前らが「映像」とかいった現象に対して、俺に反論しろってか? 無理だろ、どうせ俺を玩具にして遊ぶつもりだろ、お前ら二人は。
「仕方ないね。もう少し真面目に考えてみるか。じゃあ、時空間が歪んでるとかどう?」
「それでどう理論付けるつもりだ?」
「例えば、別の世界があったと仮定しよう。時空間の歪みは、その別世界とこの世界を繋げてしまった。そこに運悪く巻き込まれてしまった女の子が、この世界への『入り口』である空から降ってくる。だけど『出口』が地上付近に存在するとすれば、空から降ってきた彼女は地上付近でもう一つの世界に帰るわけだ」
「それ、その女の子は自分の世界に戻れるからいいけれど、もし別のヒトがその『出口』に引っかかってしまったら帰って来れないわね。それとも、別世界でも同じ現象が起きているのかしら」
「そもそもどうして別世界と繋がるんだよ」
「知らないよ、そんなの。実際に見たわけでもないのに、そこまで完璧に理論で埋められるわけないだろう?」
 お前が見せてくれないからだ、と暗に圧力をかけてきやがる。機械の癖に。
 俺だって人伝に聞いただけで、実際見たことなんかねぇよ。
「その機械に意見を求めてるのは君なんだけど?」
「はいはい、それはすみませんでした」
「今から見に行ったら、遭遇できるかしら」
「お前……本当に猪代瑠璃か?」
 頻度は「たまに」だと一番最初に告げてある。その意味、確率的なものが分からない彼女ではあるまい。しかも場所も分からないんだ。
「それ、ニュースにはなっているんでしょう?」
「……データ端末はそれ使え。な」
 統計処理はこいつらに任せて、俺は茶でも入れてくるか。

 十分後。
「行くわよ、輝安」
「は? 何? もう統計結果出たのか? 相変わらず早いな、お前」
 にこりと返された笑顔の意味は「当然」。そうですか、そりゃあお前だもんな。当然だよな、このスピード。
「で、俺も行くのか?」
「あら、自分の目で確かめてみないの?」
「自分で見てみたら何か分かるかもしれないのに?」
「行くよ、行けばいいんだろ……!」
 そう来なくっちゃ、と彼女は先導して外へ出る。目的の場所は意外と近く、公園よりも少し鬱蒼とした所だった。
「ビデオカメラ……」
 持ってくればよかったと反省すれば、ぷっと吹き出した奴が居た。
「必要ないよ、そんなもの」
「悪かったな、生憎お前らみたいに記憶力は良くねぇんだ」
「来るわ」
 猪代瑠璃の短い言葉に、彼女の視線を追って見上げる。
 白いワンピースの少女が、落ちてきた。
 唖然として誰も動けない間に、その少女は地面に迫り――噂通り、消えてしまった。
「……何か分かったか、お前ら」
「広告でないことだけは」
「そうだね、幽霊ってところかな」
 最後に非科学的な発言を残し、彼らはただ嗤った。



暗黒の雲
月影草