背の高い黒髪の青年は、無邪気に笑う金髪の少年と、辺り構わず魔法の炎を放つ茶髪の少女をじっくりと見比べては、笑顔でため息をついた。
 誰からの解説がなくても状況が理解できてしまう自分が、ある意味哀しい。
「……だから、あなたという人は」
「えー?」
 先に続く言葉が分かっているのかいないのか、少年は首をかしげる。
 さらりと揺れた金の髪から覗く蒼の瞳は、宝石のように輝いていて。自分がしでかしたことを分かっていない彼の様子に、叱ろうとした青年は再び笑顔でため息をつく。
 彼をいくら叱っても無駄なことは、最初から分かりきったことなのだ。
「あれほど変な人に声をかけてはいけませんと言っているのに」
 諦めきった口調で告げられた言葉に、だって、と少年は頬を膨らませた。
「誰が変な人かなんて、見分けつかないもん」
「だったら最初から声をかけなければいいでしょう?」
 えー、と更にむくれる少年を横目に、青年は少女を眺める。感情を表さない、大人しげな顔。
 どうしたものですかね、と困っていなさそうに青年はつぶやいた。
 これだけの火の玉を乱発しておきながら、周囲が燃え上がる気配はない。少女が魔法の対象にしているのが、少年と青年だけであり、その制御は完璧だ。
 だが――二人を相手にするのには、いささか威力が小さすぎた。
「どうするの?」
「どうしましょう」
「面倒?」
「ですねぇ」
 放たれた炎はどれもこれも、呑気に会話している二人に触れることなく、溶けるように消えていく。二人が慌てないのも、火が決して自分たちに害をなさないことを知っているからだ。
「風使い、というのも便利ですね。風を壁代わりとは。僕も風を極めてみれば良かったでしょうかね」
「何言ってるの。ユリは空気固定しちゃってるくせに。どんな攻撃も届かないじゃないか」
「あはは、ばれました?それで、どうしましょう、彼女」
「いつも通り、ユリが叩き起こせばいいじゃない」
 屈託ない笑顔で少年に言われ、ユリと呼ばれた青年も、にっこりと笑みを返す。
「簡単に言ってくれますけど、なんで見ず知らずの他人のために、そんな大層なことをこの僕がしないといけないんですかねぇ、エベル」
 なんでだろうね、と金髪の少年――エベルは笑いながらユリを見上げた。
「……怒ってる?」
「いいえ、全然」
「嘘だぁ。ユリが笑顔でそう言うときって、いつも怒ってるもん」
「なら原因も分かるでしょう」
「……ごめんなさい」
 素直に謝られ、ユリの怒る気力は更に減退する。
「本当に怒っていませんから。さ、行きましょう」
 大きく頷いて、エベルは差し出された手をしっかりと握りしめる。そして二人は、炎の嵐の中を優雅に去っていった。

(街の宿屋で)
「二人部屋お願いします」
「おやいらっしゃい。旅の人? 子供連れなんて、大変だねぇ」
 宿の主人に言われ、ユリは「そうでもないですよ」と苦笑しながらエベルを見やる。エベルは眠たそうな顔でユリを見上げた。
「どっちから? 都の方?」
「いえ、都に向かう方です。ここまでは森の方を抜けて」
「はぁ?」
 森と言う言葉に、彼は驚いて目を丸くする。
「よく無事だったねぇ。あそこは人を襲う女が出るとかで、しかもその女が魔法使いらしくて、通ろうとした奴は全員大火傷。死傷者まで出たってのに」
 そんな人はいただろうか、とユリは記憶を辿る。
 思い返されるのは、右手に延々と続く森林と、左手に見える広大な草原。間を抜ける一本の道。そんなところを一週間程かけて歩いてきたのだが、憶えているのは、何度となく手合わせを頼んできた、エベルの飽き飽きとした顔だけだ。
「そんな人、記憶にありませんね。いなくなったのでは?」
「いたよー?」
 目を擦りながら、エベルがユリの服の裾を引っ張る。
「あの炎使いの女の子ー」
 炎使い……と口の中で反復し、ユリはぽんと手を打った。
「いましたね。でもあの子は人じゃないじゃないですか。つい、別に人がいたのかと」
「人じゃない?」
 宿屋の主人は訝しげに顔をしかめる。
「えぇ。人じゃないから、人を襲うんです」



 初期設定では
*少女は炎使いだった。
*少女は自我を失っていて、自我を叩き起こしてやれば、通常の状態に戻る。
*やはりエベルとユリの年齢は同じ、幼なじみですが、エベルはとある事情により「幼く」あることを選んだ。
 と、いうような設定でした。

 これには容姿描写があったんですね。
 ユリとエベルの容姿、ちゃんと考えてたんですね。
 すっかり忘れてましたけど。



創作裏話
月影草