・世界観
 そう遠くない未来の話。
 地上は科学物質によって汚染され、ヒトは新たな科学技術をもって自衛した。しかしその努力もむなしく、地上はヒトが安心して住むことのできない地となった。
 富裕層は、科学者・技術者を引き連れて海底に一大科学都市を築き上げたらしい。ある日ごっそりと一斉に姿を消した。
 そんな富も技術も知識もなかった者たちは汚染された地上にてその身を寄せ合い、今日も細々と生き続けている。


・黄昏灯籠の屋敷
 棕櫚たちが住まう日本家屋。夕方になると灯籠に明かりが灯るので、誰かがそんな名前で呼び始めた。日本庭園の池には、棕櫚お手製の魚が泳いでいる。
 家の中は蒸気機関がこれでもかと詰め込まれ、呼び鈴代わりに吊り灯籠が軒を走り、戸に手をかければ力を込めずともするすると開く。台所には自動調理機があるが、米は鍋で炊くのがこの屋敷の決まりだ。
 蒸気機関はいずれも棕櫚が手作りしたもので、部品は近くの打ち捨てられた工場から拾ってきている。返却を求められれば分解して返せると棕櫚は言うが、果たして。
 どうやら日本の関東圏のどこかにあるらしい。坂の上に位置し、木々が視界を遮らなければ海を望めるようだ。



登場人物

・棕櫚(しゅろ)
 親に見捨てられ、アパートの一室に閉じ込められていたところを平外に連れ出された。本名は別にあるらしいが呼ばれた記憶がないため、本人も覚えていない。どうやら親は海底都市の関係者だったらしいことくらいは分かっているので、自分を置き去りにした親も科学も嫌い。
 蒸気機関を作っては礼に食料を貰うことで生計を立てている。

 棕櫚は、平外さんから独り立ちできるようにと色々教育されているんだけれども、蒸気機関の辺りしか身につかなかった模様。しかしまぁ、それでもやっていけているので、平外さんも黙認。科学を毛嫌いしている子だから仕方がない。
 あと、本人は認めないけれど、平外さんに大して多大なるコンプレックスが。書生の格好で和装するのは、初対面の時に平外さんが和服だったから。


・蛍火(けいか)
 背に白い翼を持っ色素欠乏症の少女。
 父親の家庭内暴力から逃げてきた母親が、近くにいた棕櫚に預けた。
 当時焼けただれていた背中には、通りすがりの親切な人がくれた薬を使い、彼女は生き長らえた。が、 この薬には鳥の羽細胞が含まれていたらしく、治った背に翼が生えることとなる。
 屋敷から出ないので本人は翼があることを全く気にしていなかった。真理亜が屋敷に来たことでようやく疑問を覚える。

*見た目からは分からないが、ミトコンドリア欠乏症もある。十分なエネルギーを確保できない類の病気で、成長が遅い、怪我の治りが遅い、体温を保てないなどなどの症状が見られる。


・真理亜(まりあ)
 青い目が印象的な大和撫子ちゃん。病弱な双子の妹がいる。
 家族の中で唯一持って生まれてしまった青い瞳と、妹の病弱さから、悪魔とののしられ、暴力を受け続けた。最終的には独占欲を向けてきた妹を殴りとばし、無我夢中で逃げている間に黄昏灯籠の屋敷に辿り着いた。しばらく寝たきりだったので、現在リハビリ中。
 通称マリーちゃん。初対面の時、蛍火が名前を聞き間違えたから。

*一卵性双生児の場合、片方が病弱でもう片方が健康体、というケースがある。この場合、たまたま健康体だったのがマリーちゃんの方。

 まともな教育を受けてきていないため、知らないことが多い。最終話にて平外さんがマリーちゃんを連れ出しているのは、一種の社会勉強のため。もしマリーちゃんが望むのなら、屋敷の外でもやっていけるだけの知識をつけさせたいと思っている。


・正造(しょうぞう)
 麓の集落に身を寄せている男。棕櫚に作ってもらった蒸気機関の車を乗り回わし、集落と屋敷の間を行き来している。土壌汚染浄化のためにせっせと植物と育てている。
 海底都市ができる前は婚約者がいたらしいが、混乱の最中に行方知れずとなった。


・平外(ひょうが)
 海底都市の関係者だったがボイコットして棕櫚を迎えてそのまま海底都市には戻らなかった人。棕櫚の名付け親であり、育て親。棕櫚が自力でも生きていけるように自分の持てる科学知識を教えこんだ。結果は推して知るべし。
 人脈が広いらしく、時間感覚も違うらしく、気付けばどこかをほっつき歩いている人。



・裏話
 そもそもの始まりは、ツイッタでのお題募集タグでした。


 こちらで「黄昏灯籠」「米の研ぎ汁」「そうだね、君はいつだって贅沢なんだ」「スチームパンク」の四つをいただきまして、そこに寝かしていた「狂奏曲」のネタを練り込んだ形になります。当然、お題小説なのに一話にまとまらず、こんな形に。棕櫚が左目を前髪で隠しているのは、「狂奏曲」の名残りですね。
 ケイちゃんも、オリジナル設定では無理に羽をつけられ、飛ぶ(体を小さく・軽く保つ)ために成長することを制限された少女でした。いつも苦しいと泣いている子だったんですが………なにがあったの? 美味しいご飯? 読んでくださった皆様の愛を一身に受けて、天真爛漫な子になりました。
 最終的になんだかほんわかした雰囲気に仕上がってしまったので、「狂奏曲」の暗い部分は別の作品に持ち越しますよっと。



創作裏話
月影草