最高のプレゼント



 女の買い物になんざ付き合わん、の一点張りだった彼。なんとか町中まで引っ張ってきたけど、クリスマスのイルミネーションを見上げては溜息なんてついちゃって、ありがたみのない奴。
 その彼がぼそぼその何か言い出すと思えば。
「つくづく思うんだけどさ……日本人って、ほんっとに不信心ていうか、無宗教っていうか……」
「いいじゃない。楽しいイベントはウェルカムよ?」
 そういえば結は今年初めてクリスマスのイルミネーション見るのかな。お姉さんと一緒に行くってすっごい楽しみにしてたから、もしかしたらこの辺りで会えるかもしれない。
「俺が楽しくねぇ……大体、お前んとこ神道だろ?」
「細かいわね。一神教の神様だって、八百万の中の一匹でいいでしょ? 多少増えたところで、うちは多神教だから気にしないわ」
「一匹扱いかよ……って、蹴るなってのっ」
 つい口より先に足が出てしまったのは気のせいだ。断じてそんなこと、あたし、柳原の一人娘がするわけない。
「今日も仲いいねぇ」
「誰がっ」
 ほのぼのと言ってのける桜に、あたしは思いっきりツッコミ返す。誰がこいつなんかと仲がいいんですって?
 でも彼女が楽しそうに笑ってるから、まぁよしとする。
 もう一人が居なくなってから、ほぼ一年。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか立ち直りつつあるらしい。
 それでも――桜の視線がたまに遠いのが気になるんだけど。
「……結局、あいつとは一緒にクリスマス、過ごさないで終わったな」
 勝が神社の鳥居を見上げ、あたしもつられる。
 基本的に神社に人はいないから、灯りは点いていない。昨日までは清舞さんが毎日のように詰めていたけれど、クリスマスの今日くらいは家族とゆっくり過ごすんだろうし。
 あ、でも灯りが点いてる気もする。やっぱり雅沙羅がいるのかなー……なんて、死者が戻ってくるって言うハロウィンじゃあるまいし、そんな訳あるか。ん? それともあたしは日本人としてここはお盆と言うべきか?
 桜を見れば、やっぱり神社を見上げてる。寂しそうなのは、悔しいけどあたしじゃどうにもしてあげれない。まだ桜には雅沙羅が必要なんだ。
「会いに行ってきたら? いるんでしょ?」
「……え? あ、ううん、いいの」
 彼女の視線は暫く彷徨って、それからにっこりと笑った。
 本当は会いたがってる癖に、どっか遠慮するんだから。
 雅沙羅と桜の二人、どっちかがもっとあたしみたいに積極的だったら、あんなことにはならなかったんじゃないかって思うと、すごく残念だ。
 雅沙羅とはいいお友達になれるんじゃないかって期待してたのに。
「桜が会いに行かないんだったら、あたしが会いに行く」
「は? お前何言って……」
「問答無用。あたし決めたから。二人も来る?」
 桜は躊躇った挙句にこくりと頷いて、勝はいぶかしげな表情のまま当然だろ、と返してきた。
「よし、じゃあ目指すは神武神社ねっ」
 もう一度神社を見上げれば、さっきよりも明るくなっているような気がした。

「柳原待てよ、会いに行くって……」
「雅沙羅に決まってるじゃない」
 さくっと言い切れば、返ってくるのは沈黙。さっきから歩くペースが段々遅くなってきている桜の手をがしっと掴み、何か問題でもと勝には聞き返した。
「あいつ、まだここに居るのか?」
「そうらしいわよ? 桜によると」
「……はなして」
「嫌。離したら桜帰っちゃうでしょ」
 手を掴んだまますたすたと歩けば、桜はちゃんと抵抗せずに着いてくる。
 やっぱり会いたいんじゃないの。ただ、実行に移せてないだけで。
 その後は、誰も何も言わなかった。気まずい雰囲気のまま、神社に続く石段を三人揃って見上げている。
 このままの空気じゃ駄目だ。こんな空気のまま雅沙羅になんて会いに行けるわけがない。
 よし、とあたしは自分で自分に気合を入れる。
「競争しよっ。石段先に登りきった人の勝ち。ビリは……後で何かおごるっ」
 高らかに宣言して、あたしは突っ走る。
「えぇっ。ちょっと待ってよっ」
「めんどいってんだ」
 一拍遅れてあたしに続き走りだす桜と、あたしたちを見てまず溜息をつく勝。
 これは勝のおごりかしら。ふふ、何をおごって貰おう。

 ……結論から言えば、あたしが先頭を突っ走り、それを途中で勝が抜いて、どん尻は桜だった、というオチ。
「てか、ここの石段長いよな。走って競争しようって思う長さじゃねぇ……」
「そうねぇ……でも楽しかったからいいことにする」
「二度目はなしだぞ?」
 三人とも疲れきって石畳に座り込む。
 ひんやりとしたのが服越しに伝わってきて、なんとなく心地良い。冬の北風も、こういう体温冷ましたい時には便利よねー。
 えぇっと、何しに来たんだっけ……と思えば、神社の方からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
『楽しかったですか? 競争は』
 声の方を振り返れば、巫女服にその見を包んだ「彼女」が、鳥居の下に立っていた。
 彼女の左胸には、金に輝く菊の刺繍。清舞雅沙羅は未だ着けることを許されない、紋章。神武の名を継いだ者の、証。
 一瞬、あたしは言葉を失った。だって本当にいるとは思わなかったし、それに幽霊になっちゃった雅沙羅の姿、見えるなんて思わないじゃない。
「諒闇お前……成仏しろ、成仏」
「開口一番それかっ」
『宗教が違いますから』
 勝に突っ込んだものの、あたしのツッコミは必要なかったらしい。雅沙羅は非常に冷静に、非常に的確に突っ込んでくれた。いや、彼女のはツッコミって言うのか一緒に呆けてるだけなのか……笑顔だから、どこまで本気なのかがさっぱり読めない。
 無表情の時も読めないとは思ったけど、更に喰えなくなったな、雅沙羅っ。
 ……駄目だ、ここで奴らのペースに巻き込まれたら負けだ、なんとしてもあたしのペースに巻き込まなければっ。
「……お前一体何考えてんだよ」
『楽しそうなのでそっとしておいてあげましょう?』
「あたし幽霊なんて認めないっ。さては雅沙羅に化けた清舞さんでしょうっ」
「何だよそれ。諒闇に会おうって言い出したの柳原じゃねぇかよ」
 うっとたじろいであたしは雅沙羅を見るも、彼女は非常に穏やかな笑みを浮かべるだけで助けてくれそうにない。
「桜っ、ちょっと何か言ってやっ……」
 桜がいたことを思い出したから話を振ってみれば、彼女は石畳の上にへたりこんだまま、雅沙羅をじっと見上げていた。雅沙羅もそれには気づいてるらしく、桜に向かってにっこりと微笑みかける。桜も――嬉しそうに笑い返した。
 ……桜のこんな表情、見るの初めてじゃないかしら。
「……ホントに雅沙羅なんだ」
 ぽつりと呟けば、勝がジト目になる。
「だって、桜がこんなに懐いてるんだし、これは偽物でもなく本物ってことでしょうっ」
「偽物ってな、清舞さんに失礼だろ」
「雅沙羅……」
 あたしたち二人なんてもう既に桜には見えてない。彼女は甘えるように、雅沙羅に手を伸ばし、雅沙羅もそれに応じた。
 雰囲気が喩えるなら……
「ペットと飼い主」
「お前さ、んな馬鹿なことばっかり言ってるから本気で無視されてっぞ」
 とりあえず、勝は実力行使で黙らせる。
『子供だなお前』
「雪風……っ」
 突如聞こえた別の声に、桜はびくりと反応して手を引っ込めた。
「雅沙羅が残るのは構わないけど、他のは成仏させてやりなさいよ」
『ですから、宗教が違いますって』
「否定するのはそこじゃないだろ」
「っていうか、誰?」
『お前らも今日は聞こえてんのか。桜が世話になってんな、お二人さん』
 気付けば、雅沙羅の隣に大男が立っている。本気で誰だ、こいつは。話の流れからするに、雅沙羅と桜の共通の知り合い。いっか、そんな認識で。
「そーそ。お世話してあげてます」
「自慢げに言うなよ、普通に友達してるだけじゃねぇか」
『雅沙羅さ、こーいう自信満々なトコが気に入ってるのかよ。こーいう性格の奴ばっかだよな、お前の親友って』
『あはは、彼女が私のことを親友と認識してくれているかは分からないですけどね。確かに、身分だとか決まり事だとか、余り気にしない性格が好きでした』
 ……話題に上っているのは、昔の「千秋」か。日記から似たような性格だったんだろうなとは思ってたけど、もしかしてあたしって、「千秋」と重ねて見られてた? それって結構ショックなんだけど。
『それはないよ。似ていたとしても、魂は別物だ。それを雅沙羅以上に知っている人はいないだろうし、ね』
「まだいるのかよ」
「へぇ。結構賑やかだったんだ、桜と雅沙羅の周りって。これだけ人に囲まれてたら、確かに学校でまで人とつるむ必要はないわねー」
 今度現れたのはどっちかっていうと華奢な男の子。あたしたちと同い年くらい? 見た目だけで育ちが違うんだって分かる。
『それは買いかぶりすぎですよ、華鏡』
 うわぁ……どうしよう、華鏡って言うのか、彼と雅沙羅の二人ってお似合いすぎで嫉妬しそう。
 でも、と一瞬で冷静になる。雅沙羅は本当に幸せなんだろうか。あんな形で、自分の一生を終えたこと、本当はどう思っているんだろう。桜は妹的な扱いみたいだし、あの子には言えてないこと、沢山あるんじゃないだろうか。
 ふと雅沙羅に視線を向ければ、目があった。そっと神社の奥を示されて、無言で頷いたあたしは歩き出す。
 ……敏感すぎるのも考えものだと思うけどな、雅沙羅。

 そっと促されて、縁側にあたしは座る。雅沙羅も隣に腰掛けた。桜は元の調子を取り戻したらしく、雪風っていう奴となにやら言い合ってるのが聞こえる。
「いつもあんな調子だったんだ?」
『口が悪いのが玉に瑕ですけど、彼、桜のことは可愛がっていましたから』
 今まで三年間。あたしは桜と一緒にいたけど、一回もそんな姿は見せてくれなかった。自分が「異端」だって分かってたから、見せれなかった姿なのかもしれないけど、もう少し信じて欲しかったな。
 今更言っても、後出しにしかならないけど。
「大変、だったでしょ」
『どうなんでしょうね。確かに世間の風当たりは冷たかったかもしれません。名字が名字でしたから。ですけどそれでも「私」を信じてくださった方々は沢山いらっしゃいました。それだけでも私は、自分が幸せであったと、恵まれていたと、言い切れます』
「雅沙羅……」
 彼女と喋るのは、ある意味初めてって言えるかもしれない。だってあたしが知ってるのは全てを隠そうとしてた雅沙羅で、こんなに素直に自分が思ってることを言ってくれるような子じゃなかった。今のこの素直さの方が断然あたしとしては付き合い易いんだけど。
「ほんっとにお人好しなんだから。昔のあたしが心配するのもなんか分かる気がする。あたしも心配になるもん。そんなお人好しでよく生きてこれたよね」
『よく言われます』
 少し苦く、雅沙羅は笑う。
 ……よく見てみれば、やっぱり清舞さんとは違うや。清舞さんは心の底から笑うけど、雅沙羅はなんとなく影がある。それだけ苦労してきたんだろう。
「実際の所、雅沙羅はどうだったの? 桜と、あたしたちといて、楽しかった? そこまで苦労する価値、あったと思う?」
 あたしの質問に答えるように、雅沙羅はにっこりと微笑んだ。
 ――周囲の空気が微かに暖かくなったような気がするのは、気のせいか。
 彼女はそれ以上何も言わなかったけど、あたしにはよく分かった。
 雅沙羅は後悔してないんだってこと。

 石段を下りきって、あたしは神社を見上げた。
 でもこの位置からじゃ、灯篭に灯りが灯ってるかどうかだなんて見えない。
「会えて良かったな、神」
「……うん」
 頷く桜が余りにも寂しげなものだから、あたしはつい彼女を小突いてしまった。
「何暗い顔してんのよ。雅沙羅、ずっとここにいるんでしょ? たまに顔見せに行かなくてどーすんのよ。雅沙羅だって楽しそうにしてたし、ことあるごとに行けばいいじゃない」
「でも、死者と生者は交わっちゃいけないんだって……」
「誰が決めたのよ、そんなこと。死者? 生者? そんなの関係ない。あたしは会いに行くわよ? だって雅沙羅はあたしの友達だもん」
「諒闇の奴も大変だな、こんな奴につきまとわれて……って、だから何でお前はそこで足が先に出るんだよっ」
「足出たついでにクリスマスイルミネーション見に行くわよっ」
 高らかに宣言して、あたしは商店街へと走り出す。
「え、また見に行くの? 朝も見たじゃない」
「だから何よ。一回しか見ちゃいけないわけ?」
 そういうわけじゃなけど、と口の中でもごもごと言いながら、桜はあたしの後を追って走りはじめる。勝は既に走る気なんてなくて、後からゆっくりと歩いてくるらしい。ジジくさい奴め。
 ふと見上げれば、白いものが空から舞い落ちてくる。
 珍しい――今年は、ホワイトクリスマスだ。



Eternal Life
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