帰還



 赤い鳥居は、彼女の居住。
 大学進学で暫く離れていた地元に、卒業と同時に戻ることになった。修論は無事に発表を終え、社会人として就職するまでの一ヶ月半程は、学生として最後の春休みだ。家族や親戚たちとゆっくり過ごそうと、思っている。
 ——そう、思って帰省して、真っ先に訪れたのが、町外れにあるこの神社である辺り、自分でも分かりやす過ぎると赤面する程だ。旅行好きな大柄の彼が、彼女の良き友人である彼女が、知ったらなんといってからかってくるか。考えただけで二人の楽しそうな笑顔がすぐに浮かんで来る辺り、苦笑するしかない。
 特に今日帰るなどとは言っていないけれど、それでも彼女は分かっているような、そんな気がしていた。
 暖かで穏やかな日差しの中、人気のない神社から裏の居住部分に回れば、料理中なのか甘い匂いが漂っている。料理ではない、お菓子の甘さではないかと見当をつけた。
 ふと、今日は二月の十四日——巷を騒がせているバレンタインの当日などという日であることに遅まきながら気付く。基本的に関係のないイベントだからすっかり忘れていた。
 確かに、女の子たちからチョコレートをプレゼントされたこともある。だが、誰から何を貰っても思い起こされるのは彼女ばかりで、そもそも受け取ること自体がいたたまれなくなって、全て断ることにしたのだ。
 その、思い起こされる方の彼女が、誰かに作っているのだろうかとまで思ってようやく、よく神社に遊びにきている彼女の友人に考えが至った。今は本命や義理だけでなく、友チョコなどというものまであるというのだから大変だ。もしかすると、友人が友達に配るお菓子を作っているのかも知れない。
 そのとき、縁側の襖がすっと開いた。
「華鏡。やはりあなたでしたか」
 正座してにこりと微笑む彼女、雅沙羅に、僕は目を丸くした。彼女はそんな僕に構いもせず、座布団と熱々で湯気の立つお茶を差し出して来た。
「今日は風もなく、良いお天気ですね」
「え? あぁ」
 どうぞと勧められるがままに座り、湯呑みを手に取る。小鳥の囀りにふと顔を上げれば。目の前の華奢な枝が、一面に白い花をつけていた。
 少し失礼します、と雅沙羅が奥に下がる。再び出て来たとき、彼女は白い小さな大福が二つ載せられたお皿を運んできた。
 受け取ったそれはまだ温かく——透けて見える赤い色は、イチゴだろうか。
「雅沙羅、これは?」
「今日辺り帰られるだろうと思いまして、作ってみたんです。今さっき出来上がったばかりなんですよ。——まぁ、あの子みたいに上手にはできませんが」
 あの子とは、多分友人の桜のことだろう。お菓子作りが得意で、何度か食べさせてもらったけれど、結構な腕前だと思う。でも確かあの子が作るのは洋菓子ばかりで、こういった和菓子を作っている所は知らないのだけれども。
 手に取った大福にそっと齧りつく。中はやはりイチゴ。それに、白あん。イチゴの酸味と白あんの甘みが口の中でふんわりと溶けた。
「……美味しい」
「ありがとうございます」
 本心からの言葉に、彼女は嬉しそうに微笑む。その表情がまた、綺麗だった。
 暖かな太陽が、柔らかな風が。そんな些細な一つ一つが懐かしく、愛おしい。戻って来られたことが、とにかく喜ばしい。
「お帰りなさい、華鏡」
「……ただいま」



Eternal Life
月影草