意中のあの人



「……うーん、あんなのなんて、どうかなぁ……」
 商品から目を上げて横の千秋を見れば、彼女は彼女で別の品を見ていた。特に買う予定はないらしいから、多分ついでに見て回っているだけだと思う。
 私は、学校帰りに千秋にちょっと付き合ってもらってお店を梯子しているというわけ。
 だって、その、二日後はバレンタインでしょ? プレゼント、渡したい人が実はいて。
 こんな直前になって慌てなくていいようにって前々から探してるんだけど、なかなかいいものが見つからなくて困ってる。というか、何を渡したらいいのかすら良く分かんない。で、結局直前にばたばたしてるんだ。あーあ、我ながら情けない。
 今日は本屋に始まり、文具店を通過して、現在は宝石店にいるんだけど。
 あ、宝石店と言っても、見に来たのは腕時計の方。それに、さすがに高級さを醸し出してる店内には入れなくってウィンドウショッピング。ショーウィンドウを眺めているだけ。これって思える物があっても、値札を見る勇気はない。
「あぁ、格好いいじゃない。似合いそう。でも桜、値札まで見てる?」
「う……見てない」
「うん、じゃあ見えないうちに行こっか」
「……そんな桁なんですか、ごめんなさい」
 やっぱり、オチはそういうことらしい。
 折角渡すんだから良い物を渡したい。というか、安物なんて使っている所を見たくないっていうのが本音。そうすると、値段が張るのもお約束。
「そんなに悩まなくたってさ、あんたはお菓子作ればいいんじゃないの?」
「うーん……」
「チョコとかチョコレートケーキとか、定番でしょ?」
「でも……食べてくれるかな? というより、甘いもの好きなのかな?」
「さあね。好みは分かんないけど、嫌いじゃないと思うよ? それに、ちょっとビターにするっていう手もあるわけだし」
「まぁ、そうなんだけど」
 でも、それじゃあなんだか私が納得しない。
 いや別に私が納得する必要はないのかもしれないけど、納得しない物を渡す気にはなれない。
「本命だったら、確かにそうなるわね。仕方ないなー、もう少し付き合うよ」
「うぅ、ごめん」
「いいからいいから。喜んだ顔とかあたしも見てみたいしね。ちょっと本腰入れて探してみますか」
 今までは本腰入れてくれてなかったんだろうか。怖くて確かめてみる気はないけど。
 うーんと大きく伸びをした千秋が、ぴっと指を立てて提案してくる。
「マフラーかなんか、手作りするとか」
「ちょっと千秋、あと何日あると思ってんの」
「無理か。なんでもーちょっと早くに準備しようとは思わなかったの」
「だって……こんなにも気に入った物が見つからないなんて思わなかったんだもん」
 あー、と納得したようなしていないような声を出す千秋に、私はぼそぼそと付け加える。
「それに、私不器用だから、その、人にあげれるような物って、ちょっと……」
「確かにあの子器用だしね。あんたが作るより、本人が作った方が綺麗で丈夫で実用的な物ができる、か」
 意図的になのか、それとも無意識なのか、ぐさぐさと刺さる言葉を放ってくる。
 酷いよ、私もそのくらい分かってるんだからさぁ、もうちょっとフォローを入れてくれてもいいんじゃないかなぁ……。まぁ、フォロー入れてくれたところで私の不器用さは変わんないっていう辺りが悲しい。
「んー、じゃあ、夫婦茶碗」
「なんで!?」
 千秋の突然の提案に思わず大声を出せば、彼女はにやりと不敵に笑う。
「べっつにー。深い意味はないけど」
「冗談きついから! もうちょっと、なんだろう、なんていうか、分かんないよ!」
「あんたが分かんないんじゃあ、あたしに分かるわけないね」
 ぐすん。泣きたい。お願いだから千秋、さじ投げないで。
「お洋服とか、見てみるかなぁ……」
「いいよ、付き合うよ? だけど、洋服渡すの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。適当に言ってみただけです、本当」
 もう私がさじ投げたい。
 そうだよね、私が買える範囲で欲しい物なんてないよね。じゃあどうしよう。日帰り旅行とか企画してみてもいいけど、残念ながらあの日は平日なんだ。
 夕飯だけ食べに行くっていうのでもいいのかな。でも、そんなファンシーなお店知らない。というか、この街にない。
「ほら、そんな泣きそうな顔しないの。まるであたしが泣かせてるみたいじゃない」
「そんなことないよ、無理に付き合わせてるの私だし、本当にごめん」
 段々日も暮れて来たし、あ、目元も熱くなってきた。
 本人にそそっと聞いてみても良いけど、絶対欲しい物はないとしか言わないだろうし。だからってプレゼントが生活必需品なんて寂しすぎる。
「ほら、もうこっち来て」
 私の買い物なんて興味なかったように見えたのに、突然やる気が出たのか、千秋が私の腕を掴んでぐんぐんと歩き出した。
 わ、なんか頼もしい。良かった、ついて来てもらって。というか最初から素直に助言を貰って案内を頼めば良かったような気もする。
 メインストリートの商店街から脇道に入って少し。
「あ、甘い香り。おいしそう」
 ぽつりと呟けば、前を歩いていた千秋が振り向いてくすっと笑う。
 彼女が立ち止まったのは、洋菓子屋さんの前。ショーウィンドウには、焼き菓子やクッキーが所狭しと並んでいる。
「ここのがねー、結構おいしいのよ。ま、あんたのには敵わないけど」
「……それって、やっぱり私が手作りすべきっていうこと?」
「いやいや、違う話。ここさ、奥が紅茶専門店で」
 店内に入ると、慣れた足取りで千秋は奥へと歩いて行く。わ、私はちょっとお菓子類も見たい……いや、お菓子見たいのはただの私の趣味だし、今日はプレゼント選びが目的なんだから我慢我慢。
 ちょっと奥まった先には、紅茶の入った缶が所狭しと並べられていた。
「うわぁ、すごい」
「でしょ。そうだなぁ、味も香りも甘くない奴がいいかなぁ」
「ハーブティとか?」
「うーん、ハーブティよりは、王道ってのがいいなぁ」
 誰の趣味かよく分かんないけど。でもそう言われれば、そんな気もする。
 ……あれ、というか、何で選択の主導権を千秋に握られてるんだろう、私。
「じゃあじゃあ、王道でこれ、アッサム!」
「あぁ、いいかも。ミルクティにすると美味しいのよねー」
 スパイスのあれこれを入れてー、と二人で揃って妄想に浸っていたら、突然背後から声をかけられた。
「何やってんだ、お前ら」
「うわ、谷口君!?」
 思わず手から滑り落ちた紅茶の缶を、千秋が華麗にキャッチ。さすが。
「もー、乙女の夢を壊さないの。デリカシーないんだから」
「知らねぇよ、そんな夢。つか柳原はともかく神はまだこんなとこで油売ってていいのか? そろそろ心配される時刻だろ」
「え?」
 谷口君に指摘され、私は大慌てで携帯を取り出した。確認した時刻はもう七時が近い。
「わわわ、今日遅くなるなんて言ってないからそろそろ帰んなきゃ、ありがと!」
「あんたはまず、その携帯で遅くなってごめんなさいって謝りなさいよ」
 千秋の冷静なツッコミに、それもそうかと私はわたわたしながら携帯を開いた。呼び出しコールが鳴っている横で、千秋は店員に声をかける。
「じゃ、このアッサムと、あっちのバームクーヘンをセットで取り置きお願いできますか。二日後に取りに来ますので」
「え?」
「あたしと割り勘ね」
 千秋はウィンクして、彼女の名前でさっさと予約注文を入れてしまった。

 当日の今日は帰りに千秋と待ち合わせて、予約していたバームクーヘンと紅茶を受け取って、その足で渡しに行くことになっている。
「うわぁ、どきどきするなぁ……」
 学校では毎日顔を合わせているというのに、なんでこういう時って緊張するんだろ。胸がばくばくと言ってるし、寒いはずなのに頬が熱い。真っ赤になってるんだろうなぁ。
「今からそんな調子じゃ、渡す時どーすんのよ」
「千秋の背後に隠れてる」
「あんたが渡したがってたのに、それじゃ駄目じゃん」
 ざっくりと駄目だしされながらも着いてしまった。何食わぬ顔でチャイムをならす千秋。もう帰りたい。
「はい」
 学校から真っ直ぐ帰って来たのだろう、もう私服に着替えているあの人が、玄関から出て来た。
 顔は熱いし頭の中はいつも以上に真っ白だし、何言っていいのかすら分かんない。とにかく帰りたい。
「ほーら、桜! 帰る前に渡すもの渡して行きなさいよね」
 千秋に叱咤激励され、おどおどと私は千秋の背後から出る。でも、視線を合わせる勇気はない。
「あ、あのね、えっとね、そのね、こ、これ渡したくって!」
 きょとんとしたその人は、私が差し出した袋を受け取って、私たち二人にどうぞ入って、と告げた。
「……え?」
 言われた言葉を理解できずに、私は思わず顔を上げた。
 そこには、いつもと同じ優しい笑顔がある。
「折角来ていただいたんですから、お夕飯、一緒にどうですか? もちろん、デザートはこれで」
 そう言って、彼女は今私が渡したばかりの袋を少し持ち上げて示した。
「う、うん!」
 私が大きく頷けば、千秋がにやにやとしながら言う。
「あんたさぁ、今日何の日か知ってる?」
「知っていますよ、バレンタインでしょう? でもこの選び方は、一緒に食べようと思っていたからですよね」
「バレてたか」
 悪びれもせずに千秋は舌を出し、そしてそのまま遠慮もなく玄関を潜って行く。
「プレゼント、ありがとう。寒かったでしょう? 桜も中に入って」
「……うん」
 恐る恐る私も玄関に入れば、千秋は既に台所の方まで行っているようだった。
「いらっしゃい。今日は雅沙羅の手料理よ」
「え、本当!? やったね!」
 千秋の喜んだ声に、私が横に立つ雅沙羅を見上げれば、彼女はにっこりと微笑んだ。
 うん、この笑顔。私が見たかったの。



Eternal Life
月影草