保護者と被保護者



 今日は予定もねぇし、遅くまで寝ようと決めて掛け布団を頭で被った日曜日の午前中、俺は来訪者を告げるチャイムの音によって叩き起こされた。
 大欠伸を噛み締めながら出れば、桜が、スーパーの袋を両手にぶら下げて立っている。
「お前……今日来る予定だったのかよ」
「予定はなかったんだけど、暇だからキッチン貸して」
「勝手に使え」
 それだけ言って彼女を招き入れてベッドに直行しようかとも思ったが、これは何かあると俺の直感が囁いてくる。
 だってそうだろ? 俺の部屋なんてせっまいワンルームで、桜に言わせれば道具も揃ってない様なキッチンで、いつもは雅沙羅の所に借りに行っていたはず。なんでわざわざ俺の所に来るんだか。
 ので、寝ているとき以外はソファ代わりにしているベッドの上にどかっと座って、桜が何を作るのか観察してやることにした。彼女がビニールから取り出すのは小麦粉にオートミール、砂糖にチョコチップに卵、バター……菓子は良く分からん。
「てか何でここなんだよ。いつもは雅沙羅んとこだろ?」
「そうなんだけど……いつもいつもじゃ悪いかなって? あ、寝てて良いのに。作ったら帰るから」
「何だそりゃ」
 本気で菓子作りに来ただけなのか、こいつは。なんだか増々怪しい。
「つか砂糖くらいうちにもあるっての。男の料理を馬鹿にすんな」
「でも秤はないじゃない」
「計らねぇからな」
「それ、料理って言うの?」
「目分量なめんな」
 そんな会話をしつつ、桜は秤も袋から取り出した。こいつ……そこまでするのか。
「そういや柳原の奴、上京すんだって?」
「うわっ」
 何気なく話題を振っただけだったが桜が過剰に反応し、小麦粉を救っていたさずを手から滑り落とした。なるほど、これか。
 彼女が上京する理由は簡単。大学進学で上京した谷口勝を追うんだと。あいつら昔から仲良かったから、そのままくっついちまえ。
「ははぁ、お前、寂しくなったな? 雅沙羅と華鏡の奴もくっついて、柳原も谷口の所に行っちまう。で、お前だけがめでたく取り残されたって訳か。よ、独身貴族はいいぞ、気ままで」
「な……雪風と一緒にしないでよ!」
 むきになって言い返しながら小麦をざばざばボールに入れているが……大丈夫なのか、計量。やっぱ秤は必要ねぇんじゃねぇの?
「何が違うんだよ。彼氏いるなら俺んとこなんか来ねぇだろ、普通に考えて」
「うー……そうだけど」
 あからさまに落ち込む桜に、ふと俺は笑みをこぼした。そして立ち上がり、机の引き出しを開ける。手に取ったのは、青い布張りの小箱だ。
「クリスマス辺りがいいかとも思ったんだけどな、丁度いい。やるよ」
「丁度いいって、なにが?」
 怪訝な顔をして、桜は計量スプーンを置き、差し出された小箱を素直に受け取った。開けようとせずに上目遣いに俺を見てくるのは、警戒しているからに違いねぇ。
「結婚指輪。いつまでも俺の庇護下にいろってこと。あ、返すなよ?」
 呆然とした表情で幾度か瞬き、そして凍り付いた数秒後。
「えぇっ!? 華鏡のはまだ婚約指輪だったのに!?」
 比較すんなよ。ってかそこかよ。



Eternal Life
月影草