想いが届かなくとも



「今、幸せ?」
 そんな言葉を、一体何度飲み込んだだろう。


 彼の身の潔白を信じて村を飛び出して行ってしまったあの子。あんなにいつも穏やかな笑顔を浮かべているあの子の、どこにそんな行動力があったのだろうかと不思議に思う。
 ちゃんと、彼の無実を証明できただろうか?
 いや、あの子のことだからきっと大丈夫。だとは、思うのだけれども。
「千秋姉!」
「あたっ!」
「やった、取った!」
 脇腹に叩き込まれた一発に、一瞬唖然とした。
 そうだ、あたしは弟に剣の稽古をつけていたんだった。
「く……あんたに一本取られるとは、一生の不覚!」
「だって千秋姉、隙一杯だったよ? 雅沙羅姉のこと?」
 木刀を抱きかかえた弟が、そう言って首を傾げる。
 いつも、そう。あの子のこととなるといつも、こうして心配しすぎて自分のことすらもままならなくなる。
 ——周囲にはいつも、雅沙羅はしっかりとしているから大丈夫と言われるけれど、それは本当だろうか? しっかりとした顔の裏に、今にも折れそうな弱さを隠しているように思うのは、あたしだけなんだろうか?
「ごめんね、今日は一杯稽古つけたげるって言ったのに、お姉ちゃんがこんな調子で」
「ううん。あんなことがあった後だし、仕方ないよ。でも、千秋姉なんかに心配されるなんて、雅沙羅姉、なんて言うだろうなー」
「こら。誰が誰を心配しようと勝手でしょうが」
「——分かるけど」
 ふいとそっぽを向いて、ぽつりと弟は呟いた。
「結まで行っちゃったんだ。雅沙羅姉、自分のことどころじゃなくなってるよね」
「……」
 そう。雅沙羅の名前を出されて、結は自ら着いて行ってしまったのだ。誰にも止めることができなかった。できたとしたらそれこそ、雅沙羅本人しかいないだろう。
 あたしは唇を噛む。
 よりによってあの結が渦中に飛び込んでしまったこと。雅沙羅にとって悪い方向へと転がって行ってしまうような、そんな気しかしない。
 でも、これは彼女が自ら選んだ道なのだ。あたしに出来ることはただ、飛び出して行ってしまった彼女を、ここから応援していることくらいだろう。
「よし、二回戦行くわよ! 今度は取らせないんだから!」
「絶対に二連勝してみせる!」

 あの子なら大丈夫だと、あたしは信じているから。
 だから、これ以上の心配などせずに。



Eternal Life
月影草